おとなしい人間だったが…
西部劇さながらのすさまじい乱射劇。予審とは当時の司法制度の一環で、予審判事が調べて有罪となれば本裁判に持ち込まれる。記事は続く。
原因については目下、児玉検事、近田予審判事が取り調べ中で、詳細を知ることはできないが、かねて國太郎は親族と不仲で、常に恨みを抱いていたらしい。國太郎は平素はおとなしい人間だったが、何かに激してこの大惨事を行ったとみられる。凶器のピストルのうち1丁はかねて護身用に許可を得ていたこともあるが、現在は期限切れでいずれも無許可。
國太郎の家は最近不運続きで、娘が離婚されて(國太郎は)老いの身を悲観していたところ、最近、郵便局長の交代問題が起きていた。それらが原因とも思われるが、このような大惨劇を起こす理由としてはあまり薄弱だという。(特派員発、八橋電話)
小さな町にとっては空前の大事件。「特派員発」とあるが、記者が駐在していたわけではなく、警察にも顔が利くような事情通の地元住民に普段から情報提供を依頼していたと思われる。他紙も同様だろう。当時の新聞社会面の性格もあり、警察筋の未公開情報だけでなく、街のうわさや個人的な悪口など、さまざまな不確定情報が記事になった。
妻同士の仲が悪かった?
鳥取の記事は「加害者と被害者の妻君は姉妹同志(士)でありながら平生仲悪 被害者の一人とは二十年の宿怨」の中見出しを入れて一族内部の関係を記す。
「被害者中井光蔵の妻のぶと加害者國太郎の細君(妻)とは姉妹同士でありながら、普段から非常に仲が悪かった。また、被害者の1人である錦織正之丞との間にも20年前からの恨みがあるということだが、詳細は不明」。
さらに「被害者また死亡」の中見出しの後には「中井光蔵の妻のぶは18日午前11時40分、ついに死去した」との続報が。死者は2人になった。
鳥取は見出しを「8名殺傷」としているが、本文を読めば9人殺傷。もう1つの地元紙・因伯時報(因伯、日本海新聞の前身の1つ)をはじめ、隣県・島根県の松江市で発行されていた山陰新聞(山陰)、松陽新報(松陽)=いずれも山陰中央新報の前身、大阪発行の大阪朝日(大朝)、大阪毎日(大毎)は全て「9人殺傷」でそろっており、鳥取新報も翌日から「9人殺傷」に変わる。
時事新報が大阪で発行していた大阪時事のみ当初「10人殺傷」とした。警察の正史である『鳥取県警察史第1巻』(1981年)も文中は「2名殺害、6人重傷」としているが、記述を集約すると9人殺傷になる。なお『鳥取県警察史第1巻』は関係者全員を仮名にしている。
犯行に至る経緯について同じ10月19日付山陰朝刊は「救済を拒絶した親族を鏖殺(おうさつ=皆殺し)」の中見出しで次のように書いている。



