犯人國太郎は同地の門閥家(格式の高い旧家)で相当資産もあり、長い間、同地の郵便局長を務め、裕福に暮らしていた。だが、最近株に手を出して失敗し、そのために先月上旬、郵便局長を辞職した。
國太郎は急場を切り抜けるために親族に救済を懇願したが、全て拒絶されたのでカッとなり、いっそ親族を皆殺しにして自分も死のうと考えて護身用のピストルを持ち出し、機会を狙っていた。被害者9人のうち、熊太郎ととら以外はいずれも瀕死の重傷(八橋電話)
いつか恨みを晴らそうと
同じ日付の大朝の続報は「八連發(発)と六連發で三十發を發射 反目から局長の争奪」の見出しで次のように伝えた。
最初に銃撃された中井光蔵の妻のぶは左腹部を撃ち抜かれ、18日午前11時40分死亡し、看護婦・戸田みさよは腰に盲貫銃創(銃弾が体内にとどまっている傷)を受け重体。聞くところによると、國太郎と被害者たちは以前から不仲だったが、徐々に露骨になっていた。國太郎は株の失敗その他の事情で郵便局長を辞めなければならなくなったため、名古屋で会社員をしている息子を後任にしようと計画していた。
それに対し、被害者の1人、中井熊太郎が異論をとなえ、2人の間にはかなり激しい局長争奪戦が演じられていた。結局、別の人間が後任に就任することが決定。16日に事務の引継ぎを終えた。
株に失敗、後任局長選びでも負け、親族からは疎んじられて自暴自棄に陥った國太郎はいつかこの恨みを晴らそうと機会を狙っていた。長年自分が経営していた郵便局が人手に渡った17日は居ても立ってもいられず、その晩の夕食に、いつもは飲まない酒を1合半ほどあおり、その勢いを駆って大惨劇を演じた。
「人殺し」女の悲鳴が次いで起こった
大朝の記事は逮捕後の國太郎について「極度に興奮した國太郎は検事の取り調べに対して口を閉じ、まだ何も語らない」とした。同じ10月19日付因伯の記事の書き出しは「時しも(折しも)晩秋のものすごい断雲(ちぎれ雲)に包まれた月光を浴びつつ、地方にはかつて見なかった、聞いただけで戦慄させる一大凶行事件が突発した」。さらに「兇行者狂ひ(い)飛び 悲鳴各所に起る 全町民をして恐怖せしむ」の中見出しで現場周辺の雑観を記述した。
平和な海浜の八橋町に起こった未曾有の殺人事件について、加害者の自宅付近の町民は顔面にまだはっきり恐怖の色を漂わせながら語る。
「ピストルの音が50~60発連続的に起こって、何事だろうと思ってびっくりしていますと、『人殺し~』という、絹を裂くような女の悲鳴が次いで起こった。加害者は20年間郵便局長を務めた人だったが、あまり付き合いはなかった。どちらかといえば、神経過敏らしい人だった。何か平素のうっぷんが突発的に爆発したのだろうと思われる」


