一方の旧道沿いはこの町に暮らす人の生活道路だ。「追い抜き禁止」「通り抜け禁止」といった注意看板が所々に掲げられているあたり、ときおりムチャなスピードで旧道を抜けてゆくクルマやバイクがあるのだろうか。

 駅前の旧道を吾野宿とは反対の西に向かって歩くと、こちらも川を渡って国道と合流する。その先で西武線の下を潜り、しばらく進むと秩父御嶽神社の鳥居が見えてくる。境内は東郷公園になっていて、バルチック艦隊を倒した日露戦争時の連合艦隊司令長官・東郷平八郎の像がある。

国道沿いには小学校・中学校
吾野宿から続く旧道にはこんな注意看板

 秩父御嶽神社は明治時代に鴨下清八という人物が創建した比較的新しい神社で、自ら何度も東郷邸に足を運んで頼み込み、東郷本人に許可を貰って銅像を建立したという。完成したのは1925年のことで、東郷自身も除幕式に出席している。横須賀や故郷・鹿児島などあちこちに像のある東郷平八郎だが、存命中に建てられた像はここだけだ。

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「なぜ小さな山村に終着駅が…?」の答え

 ……と、吾野宿にしても東郷平八郎にしても、なかなかに見どころの多い吾野の町。だが、それにしたって本質的には小さな山村だ。古い集落であることは確かでも、それが西武池袋線の終着駅になる理由とも思えない。

昔、高麗川沿いには水力発電所があった
秩父御嶽神社の鳥居。境内は東郷公園を兼ねており、東郷平八郎の像がある

 吾野駅は1929年に開業している。西武秩父線が開通して実質的に中間駅になったのは、吾野駅開業から40年後の1969年だ。だから秩父延伸を見据えた“一時的”な終着駅とも言い難い。いったいなぜ、こんな山奥の小さな町が、西武池袋線の終着駅なのだろうか。

 ナゾの答えは、駅の西側で見つかった。