東京大学卒業後、外資系投資銀行へ入社し、年収1100万円というキャリアをわずか9か月で手放した、田中優輝さん(27)。アイロンさえ触ったこともないところから、2024年に刺繍ブランド「北区の刺しゅう屋」を創業した。
その後、SNSで数百万回再生される“バズ動画”を連発し、2026年9月時点でInstagramのフォロワー数は18万人超を誇る。今年7月には、著書『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』(世界文化社)を上梓するなど、注目を集めている。
そんな田中さんに、東大を目指すようになった経緯、東大入学後に抱えたコンプレックス、外資系の投資銀行への就職を希望した理由などについて、話を聞いた。(全3回の1回目/2回目につづく)
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両親からは「勉強しなさい」とまったく言われなかった
――子ども時代の田中さんはどんな子でしたか。
田中優輝さん(以下、田中) 小学生の時は、本当にサッカーしかしていない子どもでした。かなりアウトドアだったと思います。
私立の小学校に入れてもらっていたのですが、授業中もサッカーのことばかり考えて、帰ってからもサッカー、土日も少年団に入ってサッカーをしていました。
だから勉強は、週に2回の塾でやるという感じでしたね。
――将来の夢はありましたか。
田中 高校1年生くらいまではずっと、サッカー選手になりたいと思っていました。結構本気でなりたかったんですけど、だんだんと自分のレベルを知るようになって「プロにはなれないな」と思うようになったんです。
その時期にちょうど、文系に進むか理系に進むかを決める文理選択があったので「将来的に経営ができたらいいな」と思って文系を選んだんですね。それが、最初に将来について考え始めたきっかけです。
――ご両親は教育熱心なほうだったのでしょうか。
田中 いえ、小学校や中学校の受験はさせていたものの、基本は放置といいますか、「勉強しなさい」というようなことはまったく言われませんでしたね。
中高一貫校に通っていたのですが、テストを見せたり成績の話をしたりすることもほとんどなくて。だから私が「東大を目指す」と言った時も、実際に受かった時も、すごくびっくりしていました。
「東大に行ったらかっこいいかな」東大を目指したワケ
――東大を目指そうと思ったのはどうしてですか。
田中 理由が2つあるんですけど、1つは私が通っていた高校が、東大を意識させるようになっているといいますか、最初は志望校に「東京大学」と書かないといけない決まりがあって。
クラスも成績順で、クラスの名前に「東大選抜」という言葉が入るんですね。だから高校1年生くらいから、自然と東大が視野に入っていったという感じです。
もう1つは「東大に行ったらかっこいいかな」と思っていたので、挑戦してみようと。




