そこでマーケティングの面白さに気付いて、3社目の小さな化粧品会社に入って集客を担当するようになったんですね。月に20万円の給料をもらって、マーケティング費用の予算も大体20万円くらいで、PRをしながら事業を成長させたりしていました。

――インターンを通して、何が一番楽しかったですか。

田中 一番面白かったのは、ホワイトボードの前で会社のメンバーたちと一緒に「どうやったらもっとサービスが広がるか」「どうしたらもっと人に喜んでもらえるか」と頭を搾る時間でした。

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 そういう仕事をずっと続けたいと思えましたし、それが自分の幸せなのだとも思いました。

 

「給料だけで会社を選んでいました」なぜ外資系の投資銀行に入りたかったのか?

――就職活動では外資系の銀行を受けたそうですが、それはどうしてでしょうか。

田中 東大を選んだ理由と全く一緒で、私はそれを「ランキング病」と呼んでいたのですが、当時の私には学歴や年収がピラミッド型に見えていて。そのため、「年収が高いほど良い」と思っていたんです。

 だから投資銀行やコンサル志望で、給料だけで会社を選んでいました。そこに入った後のことは何も考えていなくて、そこを目指すことや、ステータスを獲得することに執着しているようなイメージです。

 自分が幸せかどうかではなく、とにかく頂点を目指すという基準で進路を選んでいたので、今思えばあまり良くなかったなと思っているんですけれど。

――就職活動は苦戦しましたか?

田中 とても苦戦しました。投資銀行は各社10人ほどしか採用しないので、かなりの狭き門なんですよね。

 東大生だけでも志望者はかなり多いですし、さらに海外の大学の優秀な方たちもたくさんいらっしゃるので、そもそもエントリーシートが通り辛い。本当に争奪戦という感じでもう全然、めちゃめちゃ落ちまくりました。

――面接の際に「自分の言葉が浮いている」と思われたそうですが……。

田中 結局「受かること」を目標にしてしまっていたので、一番ウケの良さそうな答えを導き出す作業になっていたんですよね。だからAIのように「面接官が、上司に推薦しやすいような文章」を書いてあげるようなイメージで面接の受け答えをしていました。

 とにかく「目標達成のため」という感じで、あまり自分の幸せや働き方については考えられていなかったなと思います。

撮影=佐藤亘/文藝春秋

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