東京大学卒業後、外資系投資銀行へ入社し、年収1100万円というキャリアをわずか9か月で手放した、田中優輝さん(27)。アイロンさえ触ったこともないところから、2024年に刺繍ブランド「北区の刺しゅう屋」を創業した。
その後、SNSで数百万回再生される“バズ動画”を連発し、2026年9月時点でInstagramのフォロワー数は18万人超を誇る。今年7月には、著書『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』(世界文化社)を上梓するなど、注目を集めている。
そんな田中さんに、外資系投資銀行時代の過酷な労働、上司や同僚との関係性、退職を決意したきっかけなどについて、話を聞いた。(全3回の2回目/3回目につづく)
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外資系の投資銀行に入社、36時間ぶっ通しで働くことも…
――就職活動を経て、外資系の投資銀行に内定が出たときの心境はどうでしたか。
田中優輝さん(以下、田中) 落ちるか受かるかでずっとドキドキしていたので、安心しましたね。
この時は、まさか働き始めた後の方が大変だとは思っていなかったので、入社前の不安もあまりなく、「スタートアップでしこたま働いてきたから大丈夫だろう」と思っていました。全然大丈夫じゃなかったんですけど(笑)。
――入社後は、どのような業務をしていたのでしょうか。
田中 最初はクライアント企業の株価を更新したり、財務状況の整理をしたり、ひたすらエクセルと向き合っていました。先輩から「睡眠時間を確保するためにマウスを使わず、ショートカットキーを徹底しろ」と言われるほど忙しくて。
朝は大体10時くらいに出社して、気が付いたら夜の11時になっていて、12時くらいに同期とコンビニへ行って軽食を取り、夜中の2時くらいに「お先に失礼します」と言ってタクシーで帰る、という感じのスケジュールで働いていました。
帰る時間は日によって、夜中の2時から朝の5時くらいまでばらけていましたね。一番忙しい時は、36時間くらいぶっ通しで働いていることもありました。
たまに、案件がなくて午後5時に帰れるんじゃないか、という日もあるんです。でも、フロア全体が忙しくしているから、帰れないんですよね。「午後5時なのに帰るの?」みたいな空気になっちゃうので。結局、仕事がない時でも夜の12時くらいまでは会社にいましたね。



