演じた役を飲み込んで栄養にする

 井浦はこれまでにさまざまな役を演じてきたが、ときには役に思い入れるあまり、撮影が終わってからも引きずりすぎて抜け殻のようになってしまったこともあった。しかし、そんな経験を積むうちにやがて、演じ終えた役を全部こぼさずに飲み込んで栄養にしようと心がけてみると楽になったという。

《飲み込んだら、今までやった役たちと混ざっちゃうけど、結果、新しい何かが生まれる。互いが反応しあって、新しいものが出るんだよね。(中略)新しい作品に出会った時に、今までの役と地続きなんだな、と思うこともある。あの役があったから、今これができるんだな、と》(『AERA』2022年8月8日号)

 今年(2026年)公開された映画『トロフィー』での井浦の役は、まさに彼が過去に演じた役と地続きだと思わせた。同作で井浦は、北朝鮮にルーツを持つ在日コリアン3世のサンジュを演じている。サンジュは、朝鮮学校に通う高校生である主人公・ソヒ(恒那)の父親だ。彼がその出自ゆえに進学や就職などでさんざん差別にあった経験を持つのに対し、娘のソヒはK-POPを通じて日本人の友達もでき、父のような苦労を味わうことなく日々を送っている。映画ではそんな在日コリアンや日本の社会の変化を背景にしつつ、親子や家族の姿が描かれた。

 井浦はこれ以前にも映画『かぞくのくに』(2012年)で、在日コリアンを演じた経験があった。このとき演じたソンホという男は、10代で北朝鮮に渡ったが、病気治療のため日本に一時帰国して、安藤サクラ演じる妹のリエら家族としばしの再会を果たす。

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映画『家族のくに』(2012年)

 いずれの作品も、在日コリアンの女性監督が、自らの体験を動機として制作し、家族を描いた点でも共通するものの、色合いは異なるし、もちろん井浦の演じた役もまったくの別人格である。だが、日本人である彼が『トロフィー』で再び在日コリアンの役をオファーされたのには、間違いなく『かぞくのくに』での好演が念頭にあったはずだ。

『かぞくのくに』では、ソンホが北朝鮮に戻るのを前に、自分が自らの意志で生きることが許されていない分、妹には自分で考えて選んだ人生を歩んでほしいという思いを託す。一方、『トロフィー』のサンジュは、祖国への愛を胸に秘めながらも、校長を務める朝鮮学校の生徒の減少という現実に直面し、家計も苦しくなるなかで、娘や家族と向き合おうとする。

 境遇は違うが、両者とも現実を受け入れようともがく心情には通じるものがあるし、井浦にとってもソンホの役を飲み込んで栄養にしたからこそ、社会の急速な変化になかなか乗り切れないサンジュを、年齢も重ねた分、より人間的な深みをもって演じられたのだと思わせた。

映画『トロフィー』(2026年)の現場で(井浦新のインスタグラム@el_arata_nest
より)

 これら2作にしても、連合赤軍や三島由紀夫を題材にした若松孝二監督の作品にしてもそうだが、井浦が出演する作品には政治的、社会的な問題に焦点を当てたものが少なくない。『福田村事件』(2023年)では、1923年の関東大震災の直後、関東の小さな村でデマが原因となって実際に起こった虐殺事件が描かれ、井浦は事件を傍観するしかなかった主人公夫婦を田中麗奈と演じた。

 ただ、この映画の制作中のインタビューで彼は《差別を扱っているとか、戦争だからとか、政治的だからとかを考えて出演作品を選ぶ気持ちは、僕のなかにはありません》と述べつつ、《しっかりと演じきって、事件がいまに持つ意味を届けていく責任がある大きな作品です》と語っていた(『週刊金曜日』2022年11月18日号)。