大統領夫妻到着と30キロの優勝杯
午後4時半ごろ、大統領夫妻の車列が両国国技館へ到着した。控え室で安倍総理夫妻と合流し、相撲協会の案内で特別席へ進んだ。土俵のある館内へ入ると、観客から歓声が沸き起こり、スマホのフラッシュが一斉にたかれ、歓迎の空気に包まれた。この時のシークレットサービスの緊張感は計り知れない。通常、大統領の背後には壁がある場所を選ぶ。だが、国技館はぐるりと囲まれた会場である。一般客の相撲観戦を妨げない配慮も踏まえ、何度も下見を重ねて計画を立てた。それでも、実際に大統領が姿を現して初めて見えるものもある。
大統領入場の際には、私も至近距離に立っていた。テレビ局で仕事をしていた経験から、カメラに映り込まない角度は把握している。国務長官の専属カメラマンからも、長官とスタッフの自然な場面を撮ろうとするたびに、「泉だけはどうしても入らない」とぼやかれた。それくらいカメラの位置と立ち位置には気をつけていたつもりだった。ただ、国技館は勝手が全く違う。まるで蟻地獄の壺つぼの底に立っているような感覚で、東西南北に設置されたカメラが切り替わるたびに、画面の角すみに私の姿が映ったらしい。両親や友人から「映ってるよ」とテレビ画面の写メが次々送られてきて驚いた。
結びの一番まで観戦した後、表彰式へ移る。ここで、トランプ大統領と安倍首相は、用意しておいた黒い革スリッパに履き替えた。大統領も下見で確定した動線通り、まず安倍首相を土俵へ見送り、総理大臣杯授与の後、仮設の木製階段を使ってしっかりした足取りで土俵へ上がった。そして、優勝した朝乃山関に表彰状を読み上げた上で、30キロの米国大統領杯を持ち上げ、授与した。約10日間、毎日取組後に下見に通い準備した計画が実現した瞬間だった。
一連の行事がテレビに映る時間は短い。でも、トランプ大統領が国技館へ到着して、安倍首相と大相撲を観戦し、授賞式でリーダーの威厳を保ちつつ優勝者の功績をたたえるためには、座席の設営、履物の調達、特設階段の設置、立ち位置の確認、表彰状の発音記号、優勝杯の調達と運搬まで、裏方の仕事は多かった。観客の前で転ばないこと。立ち位置を探して土俵の上で迷わないこと。優勝者の名前を読み違えないこと。銀色に光るトロフィーに指紋がついていないこと。準備の内容は多様だが、目指すところは変わらない。
表彰式が終わると、靴に履き替えて、専用車ビーストが待機している地下へ向かった。 大統領夫妻が車に乗り込んだところで、安倍首相夫妻が小走り気味にやってきた。後部座席のドアの脇で警備していたシークレットサービスに促され、夫妻は一緒にビーストに乗り込み、六本木の炉端焼き「田舎家」での夕食へ出発した。私は車列が動き出した時刻を、田舎家で待ち受けているスタッフに伝え、この日の業務を終えた。


