ここから「ハナミズキ大捜索」が始まる。市内のあらゆる花店に電話をかけ、ファーマーズマーケットへ行く友人や同僚には「見かけたら連絡して」と頼む。ワシントン以外も視野に入れ、冷え込みが残る地域ならまだ咲いていて取り寄せできるかもしれない、とオンラインでも検索した。広いアメリカのこと、花の季節にも「時差」はある。

 日米政策だけでなく、「両国に意味のあるおもてなし」にも細やかに目を配る当時のアジア担当次官補から直々に持ちかけられた話である。「ありませんでした」で終わらせるのは極力避けたかった。だが、どうしても見つからない。仕方なく状況を報告すると、次官補はあっさりと言ってのけた。

「造花を買ってくればいい」

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 国務省の格式ある応接フロアではなく、博物館の一般客向けカフェテリアを首脳級行事の会場に整えようと試行錯誤している最中に、あろうことか造花の購入を提案されたのである。安宿の食堂で見かけるような、どぎつい色のナイロン製花飾りが頭をよぎり、一瞬、返答に詰まった。

 結局、装花は白から淡いピンクの花材でまとめ、日米友好の象徴でもある桜とハナミズキの色合いを織り込む形で落ち着いた。

©︎文藝春秋

瀬戸際の夕食会場設営

 250人規模の夕食会。会場には円卓が23台、16人がけの主賓テーブルが一つ。これに合わせて、ケータリング、照明機材、会場に飾る観葉植物、五嶋みどりさんの伴奏用グランドピアノ、各卓の装花と蠟燭、そして演台脇のクリントン大統領の盆栽。すべてを搬入し定位置に収めるには、詳細な「時刻表」が必要だった。

 さらに「ソサエティ」の到着と楽器設置、五嶋さんの会場音合わせまで、動線とセキュリティスイープ(保安検査)の時間が重ならないように組まなければならない。飛行場の管制塔の仕事はどれほど大変なのだろう、などと考えつつ、搬入と到着時間を調整し、全体のシナリオに組み込んだ。今回この本を書くために資料を整理していたら、殴り書きの黄色い付箋が出てきた。

『椅子とテーブルと照明機材(フロスト社)は朝9時。グランドピアノ10時から12時。観葉植物は12時から3時。花は4時必須。ミドリは4時半。琴は5時』

 当日の準備は2グループに分かれて進めた。私は朝から現場の会場に張り付き、8時半のテーブルレンタルから午後4時のフラワーアレンジメント到着まで、ひっきりなしに続く物資の搬入と配置の確認にかかりきりだった。

 一方、国務省の式典部オフィスでは、席次の最終確認と「ミックスアンドマッチ」という大仕事が控えていた。招待客の受付時に配り、各テーブルへ誘導する案内札(エスコートカード)と、テーブル上で座る位置を示す席札を突き合わせ、食い違いがないか確認する作業である。余裕を持って終え、会場に持ち込んだうえで、受付用テーブルと円卓の最終セットアップまで完了させる。当初はその算段だった。「午後1時開始予定」と、シナリオに書き込んだ。