チャットに流れる、半ば悲鳴のようなメッセージ
ところが、この日は日本の首相公式訪問とは別に、午後3時から国務省でフィリピンとの閣僚会議が入っていた。儀典長は早朝から外交団対応につきっきりで、こちらのシナリオ通りに席次の最終許可を出す時間が取れない。式典部オフィス側の焦りは増していった。同僚とつながるチャットには、「まだクリアが出ない!」というテキストがひっきりなしに流れていた。
結局、席次の最終許可が出たのは5時近くだった。夕食会開始まで残り1時間半。通常なら、ミックスアンドマッチの作業だけで消える時間である。
もうオフィスで対応する時間など到底ない。博物館へ向かうタクシーの車内で始める、と連絡が入った。後に詳しく説明するが、これはテーブルにカードを広げるカルタ並べのような作業である。それを揺れる車の後部座席で、ぴたりとくっつけた三人の膝の上に広げて進めるという。前代未聞の離れ業だった。
招待状には6時半開始と書かれているが、これはサムライ展示室でのレセプション開始時刻である。レセプションが少しでも時間稼ぎになってくれ、と願うような気持ちだった。チャットには、半ば悲鳴のようなメッセージが流れてくる。
「こっちの準備ができるまで、レセプションからお客を出さないで!」
エスコートカード(案内札)を受付テーブルに並べられなければ、来客に着席場所を伝えられない。
琴の音色が広がるサムライレセプションは、表から見れば落ち着いた空間だ。そこから数百メートル先のダイニングルームで何が起きているかは、誰にも見えない。これが仇になる。主賓と長官が到着すれば、レセプションは即終了。会場の準備ができていようがいまいが、招待客を誘導し、着席してもらい、歓迎式典を始めなければならない。
「もうこれ以上無理。移動が始まるから誘導お願い!」
そうチャットに打ち込み、レッドカーペットが敷かれた通路へ招待客を送り出した。
案内札はなんとか並べ終えた。だが23台の円卓への席札を置くチームは、あと数卓を残したタイミングで、案内札通りに招待客がテーブルへ向かってくる。その瞬間、主賓到着のアナウンスが響き渡った。
「皆さま、どうぞお迎えください。アメリカ合衆国国務長官、ヒラリー・ロダム・クリントン閣下、そして日本国総理大臣、野田佳彦閣下です」
終わった、と思った。壇上でクリントン長官の歓迎の挨拶が始まっているのに、席を探して右往左往する人がちらほらいる。本来は全員が着席してから始まる国務長官の挨拶中に、招待客が立って動くのは、儀典としては論外である。隣のサムライ展示の刀で首が飛び、床に転がる幻覚を見た気がした。
この夕食会は、いまでも儀典局内で生きた心地のしなかったイベントとして、語り草になっている。

