――個性が丸裸になる。
こたけ はい。むしろそれによってお客さんもファンになることが多い。最近ZAZYさんとツーマンをやったんですけど、ZAZYさんって普段のネタは人間味がないじゃないですか。でもそこでは自分の生い立ちのネタをやっていて、結構壮絶な生い立ちなんですけど、それを笑いにすることで、みんなが人としてのZAZYさんをすごく好きになっていく。お客さん側からもすごく入りやすいというか、お笑いに詳しくなくても、前提知識なく笑えるんです。
最近の漫才やコントって実はかなり複雑で難解になっていて、お笑い通じゃないと笑えないものがたくさんあると思うんですよね。マニア向けになっているというか、特に賞レースはその傾向が強い。その点スタンダップは初心者でも同じ立場で笑えるので、これから流行るだろうな、という確信に近いワクワクがずっとあります。海外でタピオカミルクティーを見つけて、これを日本に持ってきたら流行るんじゃないかと最初に思った人、こんな感じだったんだろうな。
――確かに漫才、特にM-1はもう行き着くところまで行った感じはあります。
こたけ 天井を叩いてる感じですよね。最近だと、みなみかわさんがほぼスタンダップに近い形式で単独ライブをやっていて、とんでもない広がり方をしているんです。本人に配信チケットの売れた枚数を聞いたんですけどとんでもない、聞いたことない数字が売れてる(笑)。やっぱりスタンダップの力なんだな、と実感しています。
怒りに対して、正面から戦うのではなくアプローチの仕方を変える
――最後にお伺いしたいのですが、こたけさんは今、どんなことに「怒り」を感じますか。
こたけ 怒り、ですか。あまり怒りという感情にはならないかもしれないですね。怒りか……。政治や社会問題のニュースなどを見ていて、我々は無力だなと悲しくなることはあるんですけど、それは怒りとはまた違うかもしれない。かつて理不尽な国の対応などに怒って、それと正面から戦おうとした時期を経て、怒りではどうにもならないんだなというのを実感して、一度悲しくなって。そこから次の手を考える、というマインドになりました。怒りで正面からぶつかって変わった経験があまりないので。変わらないものは変わらないけど、どうするか。諦めるということではなくて、アプローチの仕方を変える、という感覚に近いです。
――そのアプローチの一つが、お笑いであり、今年の「弁論2026」にもそういうメッセージが……。
こたけ これがほんとに……まだ何もできてなくて……真っ最中というか、ゼロに近い。これ本当なんです、ああどうしましょうか。
撮影=鈴木七絵/文藝春秋
