『進め!電波少年』の前説をしている最中に、「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」のスタートを突如告げられ、1年2カ月に渡ってチリからアラスカまでをヒッチハイクで旅したお笑いコンビ「ドロンズ」の大島直也(55)。
タレントとして活動する彼に、ナイフを持った子供たちの襲撃をはじめとした南米でのトラブル、撮れ高ばかりを気にする同行ディレクターとの衝突、日本に帰国して蘇った“ある欲求”などについて、話を聞いた。
――前説中に「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」へ。そのままスタッフに拉致されるように成田空港へ。スタート地点が、チリ最南部にあるマガジャネス・イ・デ・ラ・アンタルティカ・チレーナ州の州都プンタ・アレーナス。そこに着くまでも一苦労だったそうですね。
大島 チリのサンティアゴに行って、そこから国内線で南極に近いプンタ・アレーナスに行きました。スタート地点に行くまでに2日くらいかかりました。しかもホテルにも泊まらずで。
ほんとに着の身着のままで何も持ってなかったので、とりあえず寝袋と地図が必要だなと。軍資金として10万円を渡されていたので、それで買おうとしたんですけど、日本人が使う簡単な英語すら通じないんですよ。「マップ」が通じない。一生懸命絵を描いて説明したら、向こうの親切な人が「ああ、マッパな」と教えてくれて、地図が買えました。寝袋は今だに覚えてますけど、「ボルサ・デ・ドルミール」だと教えてもらって買いました。それだけで1日かかりましたね。
ヒッチハイクした車にごく普通に銃が積んであって…
――治安はどうでしたか。
大島 治安が悪いからパスポートをお腹のところに隠したんですよ。そしたら、ホテルの朝食の時に落としちゃって、アルゼンチン国境を越えるタイミングで「パスポートがない!」って気づいて、スタート地点まで戻りました。無事、ホテルにありましたけど。
あと、アルゼンチンでお世話になった地域があって、お菓子をいっぱいもらっていたんですよ。で、池のほとりで野宿しようとしたら、子供たちがワーッと来て。手に食事用のナイフみたいなのを持って、「コミーダ(食べ物)、コミーダ!」って囲まれて。

