「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」のスタートを突如告げられ、1年2カ月に渡ってチリからアラスカまでをヒッチハイクで旅したお笑いコンビ「ドロンズ」の大島直也(55)。
『進め!電波少年』の前説をしている最中に、ヒッチハイク中に連絡が取れなかった当時のパートナーとの再会、帰国後に待ち受けていたブレイク、日銀初代総裁の玄孫である女性タレントとの結婚と離婚などについて、話を聞いた。
1年2カ月連絡を取ってなかった彼女に電話すると…
――1年2カ月の旅を終えて、1997年12月31日にゴール。交際中のパートナーに挨拶もできないまま旅に出ていたそうですが、大島さんの帰りを待っていてくれましたか?
大島 そうなんです。彼女はテレビを見て、僕が南米と北米をヒッチハイクしていることを知ったんですよ。さすがに1年2カ月も連絡も取ってなかったし、「もう終わってるかな」と覚悟してました。
帰国して、そのまま凱旋24時間ライブをやって、やっと解放されて、なんだか釈放された気分で。彼女に電話してみたんですよ。そうしたら出てくれて、「久しぶり」って。「今から会える?」って聞いたら、夜遅いのに「会える」って言うから、タクシーで2万円かかりましたけどすっ飛んでったんですよ。そしたら、彼女の方もまだ気持ちが残っていて、「おかえり」って言ってくれて。なんだかドラマみたいなシーンでした。
――なんだか目に浮かびますよ。
大島 帰ったら帰ったで、毎日取材とか仕事がバーッと入って。98年の3月から南米と北米でお世話になった方々にお礼しに行く「お礼参りの旅」が始まって、4月からは雷派少年が始まり、途中からロバのロシナンテとヒッチハイクで日本縦断する「ドロンズのドンキホーテ!日本を行く!」も始まって。すべてが終わったのが、98年の10月くらいで、彼女とはまた半年空いちゃってましたね。
「これで完全に解放された!」となって、前みたいに彼女と感動的な再会をしようと電話したら「何時だと思ってるの。遅い時間だから電話かけてこないで」と言われて、そこで終わりました。

