――「ちりとり鍋 大島」、繁盛していましたよね。

大島 美味しいから味で勝負したかったので、ドロンズの名前は前面に出さず、ホームページにも名前は出しませんでした。レセプションで知人を呼んだら、ネットで「美味しい」と書いてくれて、それが広まったことで取材が来て、お客さんが来るようになったんですよ。

 さらに、2006年の秋に『アメトーーク』の元コンビ芸人の回に出ないかと言われて出たら、お客さんがドッと来て。その後に『王様のブランチ』に出たら、電話がチケットぴあ並みに鳴り止まなくなって、スタッフが電話の子機と予約表を持ったまま戻ってこなかったくらいで。10月には予約の取れない店になりました。

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――売り上げも相当な額だったのでは。

大島 忙しすぎてお金を使う暇もなかったですけど、しょっちゅうスタッフのみんなをご飯に連れて行ってました。お客さんが来てくれたおかげで、新婚旅行でカンボジアのアンコールワットに行くことができましたしね。

「子供の前で悪い状態を見せるのは良くない」と言われ離婚を決意

――2014年に離婚しましたが、お話を伺ってもいいですか。

大島 子供が生まれてから、生活が変わって、だんだんと会話が少なくなって。それまではお店の方針で掴み合いの喧嘩をするくらい言いたいことを言い合っていたんですけど、子供の前では喧嘩もできないし。仕事が終わって僕が帰る頃には、夜遅いから妻は寝ていて話はできない。そういうふうにすれ違いが生じて、不満が溜まっていきました。

――離婚を切り出したのは。

後に離婚はしたが、今でもお子さんの送迎で顔を合わせることも

大島 妻から「子供の前で悪い状態を見せるのは良くない。今のうちに友達のような状態で別れた方がいい」と説得されて、離婚を認めました。でも今も子供の送り迎えで会ったりしています。

 一緒に頑張っていたお店は、権利で揉めるのも嫌なので他の人に譲りました。

 離婚から2年後に、今度は母親がステージ4の肺がんになってしまって。まあいろいろありましたね。

次の記事に続く 肺がんを宣告された母親のために引っ越し、おむつ交換も…母にキレてしまい強烈な自己嫌悪に陥った大島直也(55)が「介護は第三者に頼るべき」と語るワケ

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