『進め!電波少年』の前説をしている最中に、同番組の企画「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」のスタートを突如告げられ、1年2カ月に渡ってヒッチハイクでチリからアラスカまでを旅したお笑いコンビ「ドロンズ」の大島直也(55)。

 タレントとして活動する彼に、人を笑わせることにストイックだった小学生時代、シュールな笑いに魅せられた思春期、お笑いから演技に興味が移った背景などについて、話を聞いた。

大島直也さん ©文藝春秋 撮影・今井知佑

――子供の頃からお笑いや芸能界への憧れがあったのですか?

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大島直也(以下、大島) 小学校の頃から、人を笑わせたりするのが好きでしたね。僕はドリフを見て育ったんですけど、クラスのお楽しみ会とかあったじゃないですか。小3くらいからかな。そういう時にチームを組んで、みんなの前でコントをやってました。

 あと朝のクラスのちょっとした時間に「飛び入り」っていう時間が設けられていて、そこで何かコントめいたことをやったりとか。土曜の夜に「8時だョ!全員集合」を見て、志村さんと加藤さんが「ヒゲダンス」をやったら、月曜の朝には学校で真似してましたね。

好きな女の子のために「僕はかっこよくないから笑いで勝負」

――「ドリフ大爆笑」の「もしものコーナー」なんかも好きだったのでは?

大島 「もしもこんなお店があったら」みたいなのをモチーフにして、小学生のくせに飲み屋が舞台のコントをやってました。お客さんに対して店員が変な人という内容だったんじゃないかな。

3歳のころの大島さん。目元や口元に面影が

――コントをやると教室がドッカンドッカンと。

大島 僕らがやると受けるから、みんなが真似するんですけど、普通は小学生だから遊んでしまって練習にならないんですよ。他のチームはそんなふうなのでグダグダのグチャグチャになっちゃうんですけど、僕は遊ばせなかったので。「練習だ!」と言ってちゃんと練習をやらせて、面白いものができていましたね。そこは小学生とはいえ、こだわりがありました。

――なにゆえ、小学生がそこまで笑いにストイックに。

大島 基本的に人を笑わせるのが好きなのもありますけど、好きな女の子とかいるじゃないですか。僕はかっこよくないから笑いで勝負しようということで、一生懸命、好きな子を笑わせようとしていましたね。なので、好きな子のために情熱を傾けていました。