――勉強の方はどうでした。
大島 勉強は基本的に好きじゃないんですけど、好き嫌いがはっきりしていて。好きな教科はめちゃくちゃできたんですよ。でも嫌いな教科は、全然できない。
小学校の頃は、算数はあまりできなかったけど、理科とかはできましたね。中学になると歴史が好きになって、社会も好きになりました。興味あるもの以外は「ちょっと……」となっていましたね。
小学生で来た反抗期、しかし親が厳しかったので矛先は…
――他人から「やれ」と言われると、反発してしまうタイプだったそうですね。
大島 そうなんです。普通は思春期というと中高生だろうけど、僕はみんなより早くて小学生の頃に反抗期が来ちゃったんですよ。で、親がメチャクチャ厳しかったから、学校で先生にいっぱい反抗していました。
特に小学校5、6年の先生がめちゃくちゃ厳しくて、なにか僕がやらかして「これをやった人、立ちなさい。もう家に帰りなさい」と言われたら、「あ、分かりました。帰ります」と帰っちゃって。
――生意気ですけど、ある意味、素直な子。
大島 1人で家に帰って。共働きなので家には誰もいないので、ゲームをやったりしていました。でも、可愛いのが、翌日またちゃんと学校に行くっていう。先生も「しょうがないわね」みたいな感じで、なんか妙に気に入られていました。
――世代的に『オレたちひょうきん族』も見ていたのでは。
大島 そうですね。小学校5、6年になると『オレたちひょうきん族』が人気で。“ひょうきん族”派と“ドリフ”派に分かれていて、僕はドリフ派でした。
隣のクラスにのちに東京芸大に行ったマニアックな友達がいたんですけど、そいつが給食の時間にうちのクラスに来て伊武雅刀さんと小林克也さんの『スネークマンショー』のカセットテープをラジカセで流したんですよ。「面白いな」と。さらに「こういうのをやりたいな」と。

