――『スネークマンショー』。「警察だ! 開けろ」とか、懐かしいですね。

大島 めっちゃ好きになって、めっちゃ影響を受けて。その“ひょうきん族”派の最も面白いやつが相棒になって、一緒に「音だけコント」を中学生ぐらいまでやっていましたね。

 赤いラジカセに長い時間のカセットテープを、ほんとに音だけのコントを録音していくんですよ。なんかカチャカチャと余計な音も入ったりして。で、録音した「音だけコント」を学校の連中に聞かせて、好きな子にはダビングしてプレゼントしたり。でもその相方が引っ越して、なかなか会えなくなってやめちゃうんですけど。

ADVERTISEMENT

父親の〇〇さんと

――『スネークマンショー』をきっかけに、お笑いの好みが変わったわけですか。

大島 小学生の文集に「将来の夢:コメディアン」って書いていましたけど、“ちょっと違う笑い”にのめり込んでいきましたね。それで高校に入ってからは、竹中直人さん、シティボーイズさんを見るようになって。

「俺は喜劇役者になりたいのかもしんない」と日本映画学校へ

――竹中直人さんだと、深夜に放送していた『東京イエローページ』を見たり。

大島 そうです、そうです。『東京イエローページ』はすごい好きでしたね。竹中さんと一緒に『イエローページ』に出ている人たちにも興味を抱くようになって、シティボーイズのきたろうさん、ラジカル・ガジベリビンバ・システムの布施絵理さん(現・ふせえり)の存在を知って、そこから中村ゆうじさんも知るようになって。

 高校を出たあたりからは、竹中さん、ゆうじさん、シティボーイズさんの舞台を見に行くようにもなりましたね。

 演芸というよりは、演劇の笑いというのかな。気持ちシュールな感じがする笑いが好きでした。

高校の修学旅行でバスガイドさんとツーショット。ちょっと緊張した表情

――高校卒業時に俳優を目指したそうですが、そうした背景があったからなんですね。

大島 高校卒業する時にどうしようかと考えた時に、竹中直人さんとかが好きだから、これはお笑いというより役者なんじゃないかなって。で「俺は喜劇役者になりたいのかもしんない」と思って、そっちの道を進もうと日本映画学校に入りました。