「私はずっと思っていたんです。いつかこうなるんじゃないかと」

 占いの「お告げ」で9歳の娘を殺害した母親。加害者の元夫の男性は、壮絶な生活と自らも病に侵された過去、そして事件前の予感について重い口を開いた。元夫が「娘の命は救えたはずだった」と語る真意とはーー。

 ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫新刊『殺め人』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)

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写真はイメージ ©getty

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私と一緒に幸せの国へ行きましょう

 2016年6月17日、朋美(仮名、当時40歳)は小学校4年生の娘・美咲さん(仮名、当時9歳)と秋田県秋田市内の自宅アパートで二人きりでいた。朋美は生活保護を受けながらの生活で、仕事はしていない。特に用事がなければ、出かけることはなく、家に引きこもってばかりだ。

 7年前から秋田市内の児童養護施設に入所していた美咲さんは、久しぶりに母に会えるからと、喜び勇んでその日の夕方に一時帰宅していた。施設に入所したのは、朋美が育児放棄し、児童相談所も母親による養育が困難と判断したからだった。

 荒れ放題の部屋は、朋美の育児放棄を浮き彫りにしていた。その日も朋美は食事を与えず寝てばかりで、美咲さんはしかたなく空腹をスナック菓子で満たしていた。

 もう何日もこんな生活だったから、美咲さんの不安はふくらんでしまうばかりだ。

 20日16時5分ごろだった。秋田中央署員が朋美と美咲さんがいるそのアパートを訪れた。一時帰宅の期限は19日までだった。だが20日午前になっても美咲さんが戻らず、施設が警察に届け出たのだった。

 電話は不通で、施設は訪問もしたが、朋美の応答はなかった。いままでにないことだった。

 署員が部屋で息絶えている美咲さんを発見した。鑑識の結果、死因は首を絞められたことによる窒息だった。

 そばには朋美が倒れていた。すぐに市内の病院に搬送されたが、意識不明の重体だった。