「そうか?」
「そんなもん、アポ取れた言うて外出したら済む話やろ」
なるほど、と感心した。たしかに私は昔から要領が悪かった。周囲がうまく立ち回る中でも、言われたことを額面どおりに受け取り、正面からぶつかる。少しは手を抜く器用さがあれば、よかったのだろうが、それができない性分なのである。この性格こそが、のちに私自身を追い詰めていくことになるのだった――。
誕生日作戦
新規に口座を開設してもらったら、次のステップは取引を始めてもらうことだ。
私は「株を売り込むこと」よりも「どうすれば話を聞いてもらえるか」を考えた。証券会社の営業というと、電話をかけ続け、高い手数料の商品を勧める仕事だと思われがちだ。もちろん間違いではない。しかし、実際にはその前段階が圧倒的に難しい。人は知らない相手の話など聞かない。まして証券会社の営業マンならなおさらだ。玄関先で名刺を渡した瞬間、「株はやりません」と断られるのは日常茶飯事だった。
私はもともと押しの強い営業が苦手だった。強引に契約を迫るより、相手と世間話をしているほうが気楽だ。だから、自然と違うやり方を模索するようになった。その一つが誕生日作戦だ。ある日、顧客管理台帳を眺めていると誕生日欄が目に入った。その瞬間、誕生日になると毎年のように母に言われていた言葉を思い出した。
「誕生日は祝ってもらう日じゃないよ。生まれたことと、生んでもらったことに感謝する日なんだから」
そうか。男性顧客に花束を贈っても困惑されるだけだが、その花を奥さんへ渡してもらえるなら話は別である。
男性顧客から奥さんの誕生日を聞き出し、手帳にメモしておく。誕生日が近づくと、白紙のメッセージカードを添えた小さな花束を携えて会社を訪問した。
「ぜひ奥さまへの感謝の言葉をひと言書いてお渡しください」
そう伝えるだけだった。
「そんなこと書けないよ」「今さら恥ずかしいけどなあ」
ほとんどの男性は照れ臭そうな顔をしたものの、不思議なことに断る人はほとんどいない。
数日後、電話がかかってくる。
「主人がお世話になっています」「とてもきれいなお花をありがとうございました」「珍しく主人が花なんて持って帰ってきたので驚きました」……。
私は株の話を一切していないが、この時点ですでに営業は半分成功していた。