だが、炭田が閉山して石炭輸送が終わり、さらに石灰石輸送が専用道路やベルトコンベアなどに切り替わると存在感が低下。2014年を限りに、美祢線での貨物輸送は終了している。

事実上の「廃線」も…「逃げるわけではない」

 そして2023年の大雨で全線が不通になると、もとよりの利用者の少なさも相まって廃止に向けた動きが加速した。地元は鉄道復旧を求めたものの、2025年夏にBRT(Bus Rapid Transit バス高速輸送システム)で復旧することで合意している。現在はBRTの運行形態などを巡って調整が続けられている最中だ。

美祢の市街地を通る貨物専用線と、その奥の工場の煙突。2014年に貨物輸送は終了している
貨物専用線は美祢駅から工場の中へと続いてゆく
国道沿いに残っている貨物専用線の跡

 そして、e-PaletteはこのBRTでの復旧転換に向けた機運醸成という役割も期待されているという。

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「ずっと前からJRさんと一緒に何かやりたいという思いはあったんです。美祢市と関わる鉄道事業者で規模もネームバリューもありますから、美祢市単独ではできないことが可能になるのでは、と」

 こう話してくれたのは、美祢市地域振興課の森山彰太さんだ。

 ただ、美祢線を巡っては、JR西日本と美祢市は巷間“対立関係”にあるかの如く報じられてきた。実際のところはどうなのか。

「それは正直、BRTで復旧することが決まった後だから、というのはありますね。鉄道がなくなるというのは、地元自治体からすると『なぜなんだ』という思いはどうしてもあります。ただ、いろいろ議論をしていく中で、最終的にBRTで再出発しようとなったので。だったら、マインドを転換して一緒に良いものを作っていこうと、そう思っています」(森山さん)

奥に見える青いシートは踏切設備を覆っているもの
厚狭川を渡る専用線跡
専用線はこの奥あたりで美祢線と合流していた

 JR西日本は、「逃げるわけではない」と説明する。

「極端な話をすれば、BRTならば地域の事業者が運営してもよいわけです。でも、これまでこの地域で公共交通を担ってきた事業者として、そこをしっかり関与してやっていくことで、地元の方々にも信頼していただけたら。鉄道の大量輸送という特性が充分に発揮できていないならば、より地域に適した形でそこに関わり続ける。なおかつ、一緒に『まちづくり』というものをやっていきたいと考えています。その中で、e-Paletteも存分に使っていただければありがたいですね」(JR西日本中国統括本部・西嶋俊輔さん)

廃線になっても“地方切り捨て”ではない

 ローカル線の廃止には、どうしても“地方切り捨て”のイメージがつきまとう。廃止にしてその地域から撤退してあとはほったらかし……。国鉄時代の廃線にはそうした側面があったのも事実だ。