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UBE三菱セメントの工場が見えてくる。道路端には美祢線と工場を繋ぐ貨物専用の線路がいまも残っていた。石灰石の輸送を終えた後も、2014年まで炭酸カルシウムなどの輸送が続けられていたのだ。
廃線を辿りながら国道を進むと、伊佐地区の市街地に入る。すぐ近くに工場の煙突が天を衝き、昭和の面影を留めた商店街が延びていた。江戸時代には赤間関街道の宿駅として市も立ったという伊佐地区だが、いまでは目立った観光スポットがあるわけでもない。
しかし、町中に現れる巨大な工場の存在感はこの町がいまもって鉱業都市であることを伝え、またその眼前の鄙びた商店街や駅前の飲食街は、往年の活気をしのばせる。美祢線がBRTに変わり、新たなまちづくりが始まる美祢の町。e-Paletteはその先駆けとして、まずは観光客の二次交通を担い、地域活性化に一役を買う。
そして、その先——。人口減少が避けられない時代の地方都市のまちづくり。次世代モビリティを活用し、鉄道を失ってもよりよい町にと模索を続けるこの町は、新たなモデルケースになるのかもしれない。
(撮影=鼠入昌史)


