2023年7月、栃木県の幹線道路をバイクで走行していた沖縄県出身の看護師・キャンディーさん(25)を、悲劇が襲った。22歳の時、カーチェイス状態で逆走してきた2台の車を避けきれず、衝突。右脚切断と右手多発開放骨折などの重傷を負ったキャンディーさんは一命を取り留めるも、退職を余儀なくされた。
しかし、不屈の精神でリハビリをこなしたキャンディーさんは、骨頭壊死のリスクを抱えながらも、事故から約1年半後、“義足の看護師”として職場復帰。現在、YouTubeなどでも情報発信をはじめたキャンディーさんに、加害者に対峙した際の思いや、事故で変化した結婚観についてなどを聞いた。(全5回の4回目/5回目に続く)
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事故の日に友だちから「無事に家に帰れた?」とLINEが…
――事故に遭ったのは友人を送り届けた帰り道ということでしたが、そのお友だちに連絡しにくくなかったですか。
キャンディーさん(以下、キャンディー) そもそも、その友だちは何度も「送らなくていいから」って言ってくれてたんですけど、お互い譲らなくて、結局じゃんけんで私が勝って送ることになったんです。
――そうだったんですね。
キャンディー すごく真面目な子なので、私が事故に遭ったことを知ったら絶対に自分を責めちゃうだろうと思って、LINEの返事もぼやっとした感じでしてて。
――事故後に友人から連絡がきていて。
キャンディー 「無事に家に帰れた?」みたいなLINEが事故の日にきてたんですけど、私は手術でずっと寝てたので、1日遅れくらいで「ごめん、寝てた。実はちょっと事故っちゃって今病院!笑」みたいな感じで、スタンプとかも入れて明るいトーンで返して。
「俺がじゃんけんに勝ってれば」友人は自分を責めて、仕事も行けない状態に
――嘘はついてないですよね。
キャンディー でもすぐに電話がきちゃって、私はICUに入ってて電話もできなかったんですけど、どうやって連絡をとったのか、兄から事情を説明してもらったようで。
そうしたらやっぱり「俺がじゃんけんに勝ってれば良かった……」と、すごく自分を責めちゃって、仕事も行けない状態になってしまったようです。LINEや私の前ではそんな風に見せてませんでしたが。
沖縄から駆けつけてそのまま滞在してくれていた母が、面会時間外にその友だちを日光東照宮に連れて行ったり、2人で宇都宮餃子を食べに行ったりしていて。何かできることがあった方がその子の気も紛れると思うので、連れ出してくれている母にも、それに付き合ってくれている彼にも、有難いと思っていました。
