しかし、この頃になると俊次の懐具合が厳しくなっていた。彼に過保護だった両親も老いて、後継の兄弟が実権を掌握(しょうあく)するようになったのかもしれない。そうなれば中年ニートへの援助も滞るようになる。しかし、俊次はいまさら働く気はなく、また、何のスキルもない。暮らしぶりは厳しくなっていた。それでも土地や借家などの資産を切り売りしながら、なんとか千代の学費を工面していたようである。それについては父に感謝しているのだが、奇行と無茶ぶりはあいかわらず。暴君の言動に苦しめられ困惑する日々はつづく。
今なら中学2年生で母方の従兄弟と結婚
14歳になった女学校2年生のとき、千代に縁談がもちあがる。相手は臥龍橋を渡ってすぐの鉄砲小路(てっぽうこうじ)に住む士族、藤村家の長男・亮一(りょういち)。彼もまだ中学校に通う学生で、千代よりも3歳年上の17歳だった。大正時代の男性の結婚適齢期は20代前半、跡取りの長男はそれよりも少し早婚の傾向だったという。けれども、この年齢はちょっと早すぎる。
縁談は亮一の母親が望んで、俊次に申し入れたものだった。彼女は千代の生母であるトモの姉。千代には伯母であり、亮一とは従兄妹(いとこ)ということになる。伯母は聡明ではきはきした千代を気に入り、昔からなにかと目をかけていた。
家が近いこともあり千代も藤村家を何度か訪れたことがある。亮一のことはよく知っていたが、好きでも嫌いでもない。印象が薄く、これまで恋愛対象として意識したこともなかった。むしろ、弟の忠(ただし)のほうが相性は良い。千代が藤村家に寄ったときには、素っ気ない亮一とは違って忠のほうはいつもにこやかに挨拶(あいさつ)してくる。千代とは同い年だが、可愛げのある弟キャラ。気安く話がしやすい相手で、好印象を抱いていた。
これまで恋愛対象として意識してこなかった親戚の男子と、いきなり縁談が持ち上がったのだ。面食らってしまう。しかし、伯母もすぐに結婚させろというのではない。