新婚生活10日が過ぎ、実家へ逃げ出す
錦帯橋を望む土手沿いの道は維新後に旅館や土産品店が建つようになり、人通りの多いにぎやかな場所になっているが、数分も歩けば建物は途切れて人通りは途絶える。
辺りはシンと静まり返り、頭上は濃密に繁る木々に覆われて薄暗い。錦川の水深が最も深い龍江(りゅうこう)と呼ばれる淵になっている場所で、千代の代表作『おはん』で、おはんの息子・悟(さとる)がここで溺れ死んでいる。俊次が遊び歩く錦見の歓楽街と同様、物語の舞台として描かれた場所だ。
深緑色に澱(よど)んだ川面(かわも)は、昼間でも不気味な雰囲気が漂っている……このときの千代には、いっそう不安をかきたてられる眺めだったのかもしれない。実家に戻ってきた自分に俊次はどんな反応を見せるのか。自分の父親ながら、まったく予測不可能で恐ろしい。
父親が喀血して寝込んでいた
数日ぶりの実家、父に気づかれぬようこっそりと台所にまわり、炊事をしていたリュウに恐る恐る声をかける。と、なにやら様子がヘンだ。聞けば俊次が喀血(かっけつ)して倒れたという。それを聞いた千代は奥の自室で寝込んでいる父のもとに駆け寄る。と、わずか数日の間に容貌が激変している。痩(や)せ衰えて顔色は蒼白(そうはく)、これは只事(ただごと)ではない。藤村家には帰らず、看病を口実にそのまま何日も実家に居座りつづけた。俊次も婚家に帰れとは言わない。重病で気弱になったのか、足を摩(さす)ったり体を拭いたり世話を焼く娘のやりたいようにさせて、押し黙っていた。
正直、父の病気の心配よりも、実家に居ることを許された嬉しさのほうが勝っていた。千代はこのまま藤村家には戻らず、亮一も結婚に不満で家出したまま。伯母もこうなっては諦めるしかない。
結局、俊次の無茶ぶりから始まった結婚生活はわずか10日余りで終わり、なし崩しに離婚が成立したのだが。しかし、すでに役所に結婚届を出している。千代は14歳にしてバツイチになってしまった。
作家
大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』(角川文庫)などがある。
