「お前が止めてくれなかったら…」今も忘れられない言葉

――やっくんやメンバーと活動した場所で、今も特に印象に残っているのはどこですか。

伊織殿 原宿の竹下通りですね。メンバー全員で女装して、バンドのチラシを配りに行ったんです。渋谷のスクランブル交差点の近くでも宣伝しました。

 当時出演した番組で、やっくんから「ここでチラシを配って」「何組かのファンの子たちと写真を撮ってきて」というミッションを出されました。やっくんが一緒にいると、原宿では人が集まりすぎて歩けなくなったこともありました。今でも原宿の竹下通りに行くと、「ここで女装してチラシを配ったな」と、当時のことをふと思い出します。

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2011年、バンド活動をしていた頃の伊織殿さん(写真=本人提供)

――長くやっくんと一緒に過ごすなかで、忘れられない出来事はありますか。

伊織殿 ある日の打ち上げで、大喧嘩が始まったことですね。その日はお好み焼きを食べながらお酒を飲んでいて、いつも通り僕ともう一人のメンバーがやっくんに説教されていました。先に僕が怒られて、次にもう一人への説教が始まったんです。

 そのとき、いつもはうなずいて話を聞いているメンバーが突然ブチギレて、「なんでそんなことを言われなきゃいけないんですか」と、テーブルをバン!と叩いて立ち上がったんです。やっくんも立ち上がって、「やってやるよ!」となり、二人の間に挟まれていた僕はどうしたらいいかわからない状態でした。

――その場で、伊織殿さんはどうされたのでしょう。

伊織殿 とっさに、そのメンバーに抱きついたんです。「大丈夫、大丈夫。一回落ち着こう」と。相手は興奮して、バンドを潰してやる、というようなことも言っていました。僕が止めているうちに、少しずつ収まったんです。

©佐藤亘/文藝春秋

 後日、やっくんから「伊織、本当にありがとうな。お前が止めてくれなかったら、俺、バンドを解散しようと思っていた」と言われました。

――その言葉を聞いたとき、どう思いましたか。

伊織殿 それまでの僕は、やっくんに説教されてばかりで、「自分はバンドにいてもいなくても同じなのかな」と思っていたんです。だから、あの「ありがとうな」という言葉は、すごく深く入ってきました。

 あのとき初めて、僕もこのバンドの役に立てたんだ、と思えました。

◆

 ともにステージに立ち、時にはぶつかり合った日々。しかし、桜塚やっくんとの日常は、2013年、イベント会場へ向かう途中の交通事故で突然途絶えた。伊織殿も、同じ車に乗っていた。

「事故が起きた日、やっくんとどのように過ごしていたのか、お話しできる範囲で聞かせていただけますか」

 しばらく沈黙が流れた。その後、伊織殿は静かに、あの日のことを語り始めた。

次の記事に続く 「ハンドルが利かへん!」桜塚やっくんの事故死から13年…同乗していたバンドメンバーが明かす“絶望の瞬間”「やっくんが戻った後、大きな衝突音が聞こえて…」

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