今こそ戦後を知ろう。なぜなら、現在の私たちはそれによってつくられているからだ。それを学び、何を受け継ぐべきかを腑分けすることで、これからの未来を変えていこう。

 そのような志の下、近現代史研究者の辻田真佐憲氏が『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』(文春新書)を上梓した。

 その序章で辻田氏は、戦後日本は本当に「国民の物語」を放棄したのだろうか? と読者に問いかける。

ADVERTISEMENT

 本書から一部を抜粋してお届けする。

◆◆◆

 一般に、戦後日本は「国民の物語」を放棄したと考えられている。

 ここでいう「国民の物語」とは、その国がどのような国なのかについて、公的な基本設定を基礎づける歴史像であり、博物館やメディアなどを通じて繰り返し示されることで広く浸透し、国内の自己理解や他国との和解などを支える枠組みとなるものをいう。

 具体例をあげたほうがわかりやすいだろう。戦前の日本には、日本は天皇を中心とする特別な国だという物語があった。それは急速な近代化を進めるうえで一定の役割を果たしたいっぽう、ひとびとを戦争へ動員する論理ともなった。その反省から、戦後は「国民の物語」という発想そのものが警戒されるようになった。

 だが、本当にそうだったのだろうか。戦後日本もまた、知らず知らずのうちに新たな物語を共有していたのではないだろうか。

 日本は敗戦によって戦前と決別し、平和国家へと生まれ変わった。憲法九条によって平和は守られ、軍国主義者を排除することで民主国家が実現した。そして日本人の努力によって空前の経済成長を遂げ、豊かな国となった。その繁栄はみずからの力でのみ成し遂げたものであり、いまなお日本には同じ潜在力が残されている――。

1950年、自衛隊の前身となる警察予備隊が発足

 これらは、けっしてたんなる事実の列記ではない。そこには、過去から現在へとつながるひとつの歴史像がある。そうした物語は、戦後日本の正当性を支えるとともに、明日への指針となり、日本人が自分たちは何者なのかを理解し、自信をもって前に進むために重要な役割を果たした。

 こうした物語を共有できたがゆえに、多くの日本人は過去に囚(とら)われることなく、経済成長へ邁進(まいしん)することができた。その意味では、これは戦後日本にとって一種の「建国神話」だったといってもよい。

 にもかかわらず、それが一種の設定として十分に意識されてこなかったのは、そこで描かれた歴史像が、現在のわれわれの価値観や自己認識とあまりに深く結びつき、あくまで仮のものであることが見えなくなっていたからではないだろうか。

 その設定のもとで社会が順調に機能しているあいだは、まだよかったのかもしれない。だが、現在はどうだろう。むしろ、そのような物語に囚われることで現実の変化が見えにくくなり、新たな問題への対応を妨げてはいないだろうか。

 戦後はもはや戦前より長くなった。明治維新から敗戦までは77年だが、戦後は2026(令和8)年現在で81年に達している。これだけ長い時間が過ぎたいま、われわれ自身を支えてきた物語を、あらためて見直す時期に来ている。

辻田真佐憲氏
最初から記事を読む 戦後史はなぜ顧みられないのか? それが敬遠されてきた背景にある「居心地の悪さ」の正体とは?