今こそ戦後を知ろう。なぜなら、現在の私たちはそれによってつくられているからだ。それを学び、何を受け継ぐべきかを腑分けすることで、これからの未来を変えていこう。
そのような志の下、近現代史研究者の辻田真佐憲氏が『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』(文春新書)を上梓した。
その序章で辻田氏は、戦後日本を支えてきた「国民の物語」をあらためて提示する。
本書から一部を抜粋してお届けする。
◆◆◆
では、戦後日本を支えてきた「国民の物語」――いわば「戦後の物語」とは、どのようなものだったのか。
その基本構造は、大きく三つに整理することができる。
第一は、戦前と戦後を対照的で二者択一のものとして捉える「戦前か、戦後か」という物語である。
わかりやすくいえば、戦前は軍国主義と抑圧に覆われた暗い時代であり、それにたいして戦後は、平和で民主的な、自由な社会になったという理解である。
この見方では、戦前と戦後のあいだに中間がなく、選択肢はどちらか一方しかない。そのため、戦後につくられた制度や価値観を批判したり、改めようとしたりすれば、ただちに「戦前回帰」などと受け取られやすい。
その反動として、戦前こそ本来の日本の姿であり、戦後はそこからの堕落にすぎないと説く見方もある。立場は正反対だが、戦前と戦後をそれぞれ固定されたイメージで捉えているという点で両者は共通している。
第二は、「戦後は終わらない」という物語である。
そもそも戦後とは、たんなる「戦争のあと」ではなく、「あの戦争のあと」を意味している。
そして「あの戦争」は、その名称や範囲さえ曖昧なまま、史上最大の悲劇として記憶されてきた。毎年8月になれば、「8月ジャーナリズム」のメディア・キャンペーンにより、そうしたイメージが刷り込まれる。
その結果、それ以後に起きた変化は、相対的に小さなものに見えてしまう。こうして「戦後」は何度もその終わりを語られながら、牛の涎のように延々と続き、いつまでたっても終わらないものとなった。
逆説的だが、「あの戦争」の悲惨さが強く記憶されればされるほど、その後に生じた断絶や転換は見えにくくなる。「あの戦争」が巨大な基準点として居座りつづけることで、その後の80年余りが、ひとまとめに「戦後」として括られてきたといえる。
第三は、現在を「失われた30年」(とその延長)とみなす物語である。
戦後には「成功の時代」というイメージが根強くある。戦後日本に批判的なひとであっても、そこで実現した経済成長まで否定することはめったにない。
それどころか、高度経済成長を遂げ、世界有数の経済大国となった姿が、本来の日本だったと考えられてきた。そのため、1990年代以降の長期停滞は「失われた30年」と呼ばれることになった。
このことばには、日本には本来もっと力があるはずだという含意がある。かつて成長できたのだから、条件さえ整えばふたたび成長できる。つまり、失われたものは取り戻せる、という発想である。
三つの物語は、それぞれ別のように見えて、密接に結びついている。
そして、これらは最初から完成したかたちで存在していたわけではない。戦後の長い歩みのなかで徐々に形づくられ、やがてわれわれ自身の歴史認識や自己像を支える枠組みとなっていった。

