グラビアに、バラエティーに、ドラマに…睡眠2〜3時間の日々
――休みもほとんどなかったということですが、ストレスもたまりませんでしたか。
雛形 仕事が楽しかったですし、新しいことばかりで必死だったというのがあります。グラビアは撮影するチームが雑誌ごとに決まっていたので、仲間みたいな感じもあって。リラックスして撮影できたし、そこまでストレスを感じることはなかったですね。単純だったのかもしれないですけど(笑)。
――雛形さんが野田社長に最初に「やりたい」と話したドラマの仕事もすぐにできるようになりますね。
雛形 『毎度ゴメンなさぁい』(TBS系)ですね。松雪泰子さんの妹役で出ました。当時は「本当にやりたいことをすぐに叶えてくれるんだな」って思ってました。
――当時、睡眠時間はどのぐらいだったんですか。
雛形 どれぐらいだろう。2~3時間ぐらい家に戻って寝る感じだったと思います。事務所の人に送り迎えをしてもらっていたので、車でも寝ていたと思います。
「ほかのことは何でもしますから、歌だけは辞めさせてください」
――さらに17歳でシングル「笑顔の予感」で歌手デビューもします。
雛形 ただ歌は苦手でした(笑)。でもデビュー曲のイベントをよみうりランドでやったんですが、その時に初めてファンの人たちの前に出たんです。そこで自分にこれだけのファンがいると知って「こんなに本当に応援してくれているんだ」と実感しました。
――デビューして3年ぐらい経った頃ですよね。そこで、ようやく自分の人気を実感するんですね。では、イベントをやる時は、お客さんが来てくれるか心配でしたか。
雛形 歌も1曲しかないので「大丈夫かしら」とは思いました(笑)。結局1曲歌って、あとはずっと握手でした。
――ただ、歌手活動を続けることにはかなり抵抗したそうですね?
雛形 シングルを6曲ぐらい出して、アルバムを2枚出しているんですけど、1年で歌手活動は辞めているんです。1年間にそれだけ出しているから、ものすごくスパンが短かったんです。ワッと出して、ワッと辞めた感じでした。
――以前雑誌の取材で「ほかのことは何でもしますから、歌だけは辞めさせてください」と野田社長に伝えたと書いてありました。
雛形 たぶん本当に、それだけ歌に自信がなかったんだと思います(苦笑)。苦手なのに、みなさんに曲を作ってもらって、CDにしてもらうことを申し訳なく感じていたんでしょうね。
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