タクシーは公共交通機関として、なくてはならないモビリティだ。電車やバスが運行していない時間帯、カバーしていない地域の移動手段というだけでなく、地理に詳しくない旅行者にとっては、ガイドや相談相手としても頼りになる。
日本だけでなく世界のほとんどの国でタクシーは走っている。中でも日本のタクシーは、システムとして最も信頼できるものと言っていいだろう。車両のコンディションの良さと運転マナー、明瞭な料金体系、無線による配車など、老若男女が安心して使えるものが揃っている。
近年、日本の都市部ではJPN TAXIが急速に増えた。ボディが短く背が高い独特なフォルムは、他の物流車両や乗用車と混ざっても存在感があり、従来のセダン型のタクシーに代わって日本の街の風景の一要素となってきた。
なぜ、このクルマが生まれ、そして“覇権”を取りつつあるのか。日本のタクシー車両の歴史を遡りながら、解説していこう。(全2回目の1回目)
日本初のタクシーは意外にも「トヨタ」ではなく……
日本におけるタクシーの歴史は古く、戦前からすでに営業していた。記録によれば1912年には東京・上野駅と新橋駅前で列車利用客の都内移動のためにタクシーが待っていたらしい。
1914年には東京駅の開業と共に駅構内にタクシーが乗り入れたそうだ。国産車はもちろん、輸入車も極わずかしかない時代、どれだけ貴重な移動手段であったか想像できる。
ちなみに先述の上野駅と新橋駅前で始まった当初のタクシーは、わずか6台。クルマが超希少であったことに加え、蒸気機関車で長旅をした後にタクシーで移動するのは余程の富豪に限られたであろうから、まずは需要も少なく十分であったのだろう。この日本初のタクシーに使われたクルマは、大量生産を実現した、あのT型フォードだった。
日本車で初めてタクシー車両となったのは、トヨダAA型。当時まだブランド名が「トヨダ」だった現在のトヨタが初めて作り上げた乗用車で、1936年のことだった。その頃にはすでに数千台のタクシーが日本には存在したと思われる。
当時はアメリカのビッグスリーが日本にノックダウン工場をもち、かなりの台数を供給していたからタクシーにもたくさん使われていたことだろう。トヨタが乗用車の生産を本格化するなど国内勢が盛り上がっていくのは、戦後になってからだった。
戦後、トヨタはトヨペット・クラウンを完全自社開発したのに対し、日産自動車や日野自動車、いすゞなどは英国やフランス、米国の自動車メーカーのクルマをノックダウン生産することから乗用車の供給を再開させた。
それらの日本車が熟成されていくうちに、故障率や耐久性で輸入車を上回り、日本車主力のタクシー業界が醸成されていったのだ。

