入れ墨を入れる
僕が先輩方と事務所で過ごしていたある日、親分が浅草の彫り師を呼びました。
先輩に「入れ墨を入れたいヤツがいれば入れてやる」と言われ、「やったー!」と喜んでいたところ、親分の口から出た言葉に僕は唖然としました。
「お前は入れ墨を入れてはダメだ」
思いもしなかった言葉に、僕はなぜだろうと考えました。しかし、龍の彫り物も、鯉の彫り物も、やはり格好がいいものです。僕は「よし! 僕も小遣いを貯めて彫ってやる!」と、密かに心に決めました。
小遣いを貯め、友だちに彫り師の先生を紹介してもらい、僕は17歳のときにみんなに内緒で肩に唐獅子牡丹の筋彫りを入れました。
事務所には風呂がないので、親分と若い衆で近くのサウナに行くのが日課です。
僕は入れ墨がバレるのを恐れてサウナには行かなかったのですが、どうせいつかはわかることだと覚悟を決めて、ある日、サウナで組長と同時に裸になりました。
僕の裸を見た組長が…
いつも渋い顔をしている親分が、僕の裸を見て、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていました。
でも親分は何も言いませんでした。
数日後、親分は僕の母を呼び、僕が入れ墨を入れたことをうち明けました。
そして親分は僕に向き合って、こう言いました。
「3日もすれば極道の下積みが嫌になり、いなくなると思っていたらこのありさまだ。極道とは産みの親を忘れて、姐さんが母親になり、組長が父親になることだ。本当にいいんだな?」
いま思えば、親分は親友の子どもである僕を極道にしたくなかったんだと思います。きっと部屋住みの厳しさに耐えられなくなって、すぐに辞めてしまうだろうと……。
でも、一度は反対したはずの入れ墨を僕が入れてきてしまった。こうなった以上、もう堅気には戻れない。だったら、自分が面倒をみなければと考えたのかもしれません。