「毒親」について語られるとき、なぜか父親よりも母親が槍玉に挙がりやすい。しかしその背景には、母親に育児のすべてを押しつけてきた社会構造がある。
「毒母」の奥に潜む問題の本質を、心療内科医・鈴木裕介氏が『毒親グレーゾーン 親の目から自由になれない大人への処方せん』(日経BP)で詳しく解説する。(全4本の2本目)
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なぜ、日本で「毒親」が広がったのか
日本で『毒になる親』が翻訳出版されたのは1999年である。
その前後には、アダルトチルドレン、機能不全家族、共依存、児童虐待、ドメスティック・バイオレンスなど、家庭のなかで起きている問題を外側から説明する言葉が広がっていた。
それまで私的な問題とされてきたものが、社会や支援の対象として語られるようになった時期でもある。「毒親」という言葉は、その流れのなかで受け入れられたと考えられる。
明らかな暴力や育児放棄があれば、「虐待」という言葉を使える。しかし、子どもの生活を細かく支配する、罪悪感によって自立を妨げる、親の期待を満たす人生を求めるといった関わりは、虐待という言葉だけでは捉えにくい。一方で、それを単なる「親子のすれ違い」と呼んでしまうと、子どもが受けた影響の大きさが伝わらない。
「虐待」と呼ぶには強すぎるが、「すれ違い」と呼ぶには軽すぎる。「毒」や「毒親」という言葉は、その中間にあった空白に、ひとまず名前を与えたのだといえる。
日本では、家族を個人よりも優先する価値観が長く残っていたこともあり、育ててもらった恩、親孝行、家族への忠誠が重視されてきた。もちろん、親への感謝や家族を支えること自体が問題なのではない。むしろ、それらは人と人とのつながりを支える大切な価値でもある。
しかし、その規範が強くなりすぎると、親から受けた苦痛を認めることそのものが、道徳的な裏切りのように感じられる。親に会いたくないと思えば「自分は冷たい人間なのではないか」と悩み、親からの依頼を断れば「育ててもらった恩を忘れているのではないか」と罪悪感を抱く。親の行動を批判しようとしても、周囲から「親になればわかる」とたしなめられ、そこで言葉を失ってしまうこともある。
こうした社会的な圧力のなかで、「毒親」という言葉は、強い規範を押し返すためのパワーワードとして働いた一面があっただろう。家族だからといって、すべてを受け入れなければならないわけではない。親への感謝や家族への責任を重んじる社会だからこそ、それに抗するためには、「毒親」という強い言葉が必要だったことが窺える。
なぜ「毒父」より「毒母」が目立つのか
毒親について語られるとき、父親よりも母親が中心に取り上げられることが多い。その大きな背景の一つに、近代以降、国家や社会制度が、男性は外で働き、女性は家庭を守るという性別役割分業を後押ししてきたことがある。
