弥生はなぜ「大泥棒」として生きるようになったのか?

――愛がほとばしっていたんですね(笑)。各キャラクターとの関係性も気になりますが、弥生自身の生い立ちにも興味をひかれます。いったいどんな背景があって「大泥棒」として生きるようになったのだろうと。

石原 私も脚本を初めていただいた時、気にかかったのはその部分でした。なぜ大泥棒にこだわるのか、弥生のバックボーンをはっきり掴めなくて。それでクランクイン前に野木さんやプロデューサー、監督と集まって「弥生をどう作っていくか」を徹底的に話し合いました。プロデューサーさんに「撮影前からこんなに主演の方と会ったのは初めて。そこまで不安に思わなくても大丈夫ですよ」と言われたくらい(笑)。

 でも私、役を深める時間がとても好きなんです。舞台でも稽古が大好き。ただ今回は、舞台『リア王』の千秋楽から『ポリティカルパン』のクランクインまで、2週間を切っていたんですよね。時間の制約がかなり厳しかった。なので、地方公演の合間や、舞台の上演が終わった後にドラマチームと綿密に連絡を取り合って、弥生に抱いていた疑問をひとつひとつ解消していきました。

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「原色美女図鑑」より 撮影/川島小鳥

――多忙ななか、打ち合わせを密に重ねられた。

石原 はい。本読みも個人的にやらせていただきましたし、衣装合わせ、メイクテスト、リハと段階を踏んでいくことで、不安をかなり取り除けました。緊張もほぐれて、いっそ楽しい心地でクランクインできたのは大きかったです。

――まさか『リア王』から2週間足らずで『ポリティカルパン』の現場に入られていたとは思いませんでした。『リア王』で演じられたゴネリルも大変なエネルギーが要る役柄ですよね。

石原 そうなんですよ。弥生へのチェンジで苦労したのは体の使い方ですね。ゴネリルは“ブレない人”なので、腹筋と背筋をものすごく使ってスッと立たなくてはいけない。反対に弥生はずっと猫背というか、足を開いて前かがみになっている。

――弥生ならではの重心の置き方、身体の動かし方にもぜひ注目したいと思います。物語としての「見逃せないポイント」もぜひ聞かせてください。舞台を“ニッポニア”というフィクションの世界へとずらしているのが非常に巧みだと感じました。

石原 そう、あくまでも弥生たちが生きる世界は、日本ではなくニッポニア。紙幣も違えば、女性の総理もまだ登場していません。

――「架空の世界」が前提だからこそ、現代の日本が抱えている課題を忖度なしにえぐることができる。「この問題に触るんだ、踏み込むんだ」と驚きました。

石原 プロデューサーの北野さんは、元NHKの報道記者なんです。丁寧に取材をされていて知識量も豊富なので、私たちへの説明も的確ですし、描かれている内容も鋭い。弥生が味わってきた、庶民としての苦しみや外されている人間としてのつらさ、世の中に対する鬱憤も真摯に描いています。

 そうした確かな取材を下敷きにしながら、エンタメとして圧倒的に面白いのが『ポリティカルパン』の魅力だと思います。弥生のポジションも絶妙なんですよね。「世の中を変えよう」という意識で政治に切り込むわけではなくて、ただ「政治の不透明な金」を盗みに行くだけの人ですから。“怪盗もの”のエンタメとして幕を開けるので、とても入っていきやすい。でも、観ていただくなかで政治をちょっと勉強できるといいますか、考えるきっかけになってくれる作品です。

――今、自分たちが生きているこの社会を問い直す契機になるかもしれませんね。

石原 ドラマや映画といった「エンタメ」と呼ばれる作品って、メッセージ性が強かったり色が濃すぎたりすると、かえってなかなか届きにくいように感じるんです。果汁100%の超濃厚なジュースより、果汁は5%ほどだけれど、すっきりした飲み口で缶も可愛くて「ジュースとして美味しいね」くらいの濃度の方が受け取ってもらいやすい。楽しくグビグビ飲みながら、果実の要素=作品のテーマ性を味わってもらえたらなって。

 もちろん、100%濃厚な作品もやりたいんですよ。ドキュメンタリーも好きですし。でも、間口が広いこともとても大切だなと感じます。野木さんとも『ポリティカルパン』では「エンターテインメント色の強い政治ドラマ」を目指したいというお話をしました。芯はかなりの極太に作っていますが、とても観やすく、何より楽しいドラマなんですよね。「政治×金×怪盗」という大胆な掛け合わせも、私が演じる意味も、みなさんに広く届けたいから。『ポリティカルパン』は“飲みやすいジュース”に見えて、実は果肉がぎっしり詰まった、飲みごたえのある作品に仕上がっていると思います。