だがそれでは、最新作が興行的に失敗しているのかというと、これがヒットしているのだ。公開後17日間で26億円超。過去の日本記録クラスには及ばないが、そもそも新作自体が十数年ぶり、織田裕二も58歳だというのに40億円も視野に入る走り出しというのは驚きのヒットであり、とてもネットで袋叩きになっている映画の数字ではない。SNSの批判がどれほどあっても、新作が出るたびにファンが期待を持って戻ってきてくれる。これは『踊る』シリーズ以外では見られない特異な現象である。
『踊る』TVシリーズが新しいドラマだったワケ
『アンナチュラルを過去ドラマの中でタイプ分けすると、一番近いのは踊る大捜査線(ドラマ版)なんじゃないかなーと思ってます。警察組織のリアルとエンタメ。当時ああいう刑事ドラマはなかったので新しかった。うちは死を扱っているゆえかなりダーク寄りですが。』
日本を代表する脚本家の1人、野木亜紀子がX上でこう投稿したのは2018年3月、『アンナチュラル』(TBS系)が放送され話題を席巻していた当時のことだった。「当時ああいう刑事ドラマはなかった」という言葉の通り、1997年に始まったTVシリーズの『踊る大捜査線』が同時代のファンに与えた衝撃はまさにエポックメイキングだった。
最初のタイトル案は「サラリーマン刑事」だった、というのは冒頭に上げたフジテレビの特番での本広克行監督による回想だが、それは単に織田裕二が演じる主人公、青島俊作がサラリーマンから刑事になった変わり者であるという設定だけではなく、警察機構そのものを公務員、サラリーマンとして描きなおすという新しい視点をもっていたのだ。
今ではすっかり文脈がわからなくなってしまったが、「都知事と同じ名前の青島です」という主人公の名台詞は、青島都知事にリベラルな改革の夢を抱いていた当時の空気が反映されている。青島幸男が政治に東京下町の感性を持ち込もうとしたように、ある種のアマチュアリズム、素朴な感情を警察という組織に吹き込む青島刑事のキャラクター造形は卓越したものだった。
人物造形が鮮烈だったのは主人公だけではない。『踊る大捜査線』の登場人物たちのキャラクターはどの1人をとっても、演じた役者たちの俳優人生を変えてしまうほどエポックなものだった。
長身のアクション女優としてストリートファイターの春麗を演じた水野美紀を、トラウマに苦しむ犯罪被害者の柏木雪乃に選んだ。もともとは歌手・タレントで、俳優としては深夜ドラマ4話の主演があるのみだったユースケ・サンタマリアを、真下正義役に抜擢した。時代劇や火曜サスペンス劇場で演技力を見せていたいかりや長介を、あえて若者向けのドラマで老刑事・和久平八郎に起用した。そしてなんと言っても世間を驚かせたのは、ドラマ『ホットドッグ』(TBS系)でテキ屋の青年・相京信を演じて人気だった柳葉敏郎をまさかのキャリア官僚、室井慎次に選んだことだ。
警視庁キャリアの中で東北大出身の傍流であるという室井管理官の設定は、柳葉敏郎の秋田出身というプロフィールをそのまま役に投影したものであり、物語に複雑な陰影を作り出す神がかったキャスティングだった。どの配役も、今となっては他の選択肢など考えられないほどのはまり役に見えるが、放送前の時点で、よくこの俳優のイメージを裏返してピタリとはまることが予見できたものだ、と舌を巻くしかない。
劇場版のストーリーや演出に不満が出ても『踊る』シリーズの人気そのものが衰えないのは、この初期のキャラクター造形とキャスティングによるところが大きい。キャラクターたち一人ひとりが物語を持っているので、ひとつの作品が不満でもまた次の作品に期待してしまうのだ。

