深津絵里演じる恩田すみれのポジションに込められた意味

 それらの配役の妙の中でも、白眉と言えるのが深津絵里が演じる恩田すみれだった。身長156cm、少女のように小柄な深津絵里が女性刑事を演じるのは、『太陽に吠えろ』や『西部警察』のような銃撃戦やカーチェイスが見せ場の刑事ドラマでは迫力を欠く。

 だが『踊る大捜査線』は警察内部の日常や組織構造を描く、いわばお仕事ドラマだった。キャリアの室井管理官とノンキャリの青島刑事、という「上と下」の対立の中に、恩田すみれという女性刑事を投入することで物語は「男と女」という第三の軸を持つ。『踊る大捜査線』は日本の刑事ドラマの中で女性刑事が物語の核心に組み込まれた、初めての作品だったのではないだろうか。

 1973年生まれの深津絵里が演じる恩田すみれは、就職氷河期に叩きのめされた同時代の女性たちの代表のように見えた。社会に対する「怒り」が恩田すみれのキャラクター造形にはこめられていたのだ。

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「踊る大捜査線THE MOVIE3」製作会見時の深津絵里さん ©時事通信社

 実はこの恩田すみれの描き方において、澤田鎌作演出作と本広克行演出作では微妙なニュアンスの違いがある。澤田演出のTV版の第3話『消された調書と彼女の事件』では恩田すみれの過去の犯罪被害と、加害者に今もストーカー行為を受けていることが明かされ、本広演出の第5話『彼女の悲鳴が聞こえない』では再度襲ったそのストーカーを逮捕するエピソードが描かれるのだが、実は恩田すみれが能動的に動き、自分の怒りを吐き出すのは澤田演出の第3話の方であり、本広演出の第5話は襲われて負傷した恩田すみれを守るために青島刑事が動く「解決篇」になる。

「恩田さん、顔こわいですよ」「勇気出すときはね、怖い顔になるの!」といった記憶に残る名台詞は澤田演出の第3話に多い。もちろん脚本を書いているのは君塚良一だし、演出で回ってきたのがそういう回であるということもあるだろう。

 しかし冒頭に引用したように主演の織田裕二が「コメディと人間ドラマ、水と油のようにタイプが違う」と語り、同じ番組内では「視聴率が低迷した場合、柏木雪乃と青島刑事の恋愛が描かれる可能性がプロデューサーから示され、それにはみんなが反対した」と語られた通り、『踊る』のストーリーは必ずしも脚本家がすべてを決定しているわけではない。

 テレビ放送を見返しても、澤田演出で描かれる回は女性の登場人物たちの心理描写が繊細であり、また権力の構造的理不尽さを描くトーンが濃いのだ。

 織田裕二が「水と油」と呼ぶ2人のカラーの違いが最も明確に出ているのは1998年の10月に公開された2作、澤田演出によるTVスペシャル『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』と本広監督による最初の劇場映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』である。

 この2つはどちらも2時間前後の作品であり、映画公開の同じ月にテレビで新作の2時間スペシャルが放送されるというのは今見ても極めて異例だ。『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』は放火殺人未遂の影にある容疑者女性(大塚寧々)への暴力を恩田すみれが暴き、それを青島刑事がサポートする内容で、ほとんど恩田すみれが主役に近い。

 今思えばそれは、同じタイミングで作られた劇場版映画のA案とB案だったのではないか。青島刑事がメインになる後者が劇場版に選ばれ、恩田すみれを描いた『秋の~』がTVスペシャルに回ったのではないか。そう思えるほど『秋の犯罪撲滅スペシャル』の作品的完成度は高い。個人的な好みをあえて言えば、101億の興収をあげた第1作、173.5億の第2作を含めても、これがシリーズの最高傑作なのではないかと思うほどだ。

 そしてこの作品を最後に澤田鎌作は『踊る大捜査線』の演出から離れ、すべての作品を本広克行監督が担当するようになる。代わりに澤田は『彼女たちの時代』(フジテレビ系)など、深津絵里をメインにした別の作品を世に送り出していく。