代表作のひとつになったのが、主演映画『月曜日のユカ』(1964年公開)である。
加賀が演じたのは、奔放だが憎めないキャバレーのホステス。可愛らしさとクールな色気が同居する鮮烈な魅力で一躍注目され、人気女優になった。
ストレートに言いたいことを言う加賀をマスコミも放ってはおかなかった。当時人気だったフランスの官能派女優になぞらえて「和製ブリジット・バルドー」と喧伝し、「小悪魔」の代名詞的存在として格好のネタにした。
しかし20歳のとき、忙しくなりすぎた仕事や嘘だらけのゴシップ記事に嫌気がさした加賀は日本を飛び出し、パリで1人暮らしを始める。もうお金はたくさん稼いだので、女優も辞めるつもりだった。だがここでもマスコミは、人気若手女優の突然の“失踪”に飛びつき、センセーショナルに取り上げた。
女優としての評価を固めた「娼婦」役
当の本人は、解放感もあって気ままなパリ生活を楽しんでいた。世界的に有名な映画監督フランソワ・トリュフォーや作家のフランソワーズ・サガンと知り合い、トリュフォーの家に遊びに行ったりもしたようだ。
とはいえ、貯金はあっても無職である。パリを満喫し、高価なブランド服を次々あつらえたりした結果、持ち金は底をついた。
そこに劇団四季の浅利慶太から連絡があり、『オンディーヌ』という舞台への出演依頼が舞い込む。
本人はお金もないので軽い気持ちで「あと1本だけ」と思ったようだが、これが予想を超える大成功を収める。ただ本格的な演技は初めてで、長ゼリフでの息継ぎの仕方などには苦労もした。しかし、そこで初めて女優という仕事のやりがいに目覚めた加賀は、真剣に女優業に打ち込むようになった。
演技派として広く認められたのは、30代で出演した『泥の河』(1981年公開)である。加賀は川辺に繋がれた小舟に住み、子どもを養うために娼婦として生きる女性を演じ、キネマ旬報助演女優賞を受賞するなど高い評価を得た。