27歳のとき、妊娠。加賀は相手と正式に結婚することなく、未婚のまま出産することを決意した。交際相手とはすでに別れていたのである。それゆえ、相手の名前を公表する必要はないと判断した。認知することを求めるつもりもなかった。
世間が大騒ぎした「未婚の母」スキャンダル
しかし、まだ1970年代前半である。「未婚の母」に対する風当たりは、加賀の想像を絶するものだった。未婚のまま出産するというその事実だけで、あたかも罪人のように見られ、反社会的なことをしたように扱われる。そこに「相手は誰か」というゴシップ的な興味が加わり、当然のようにマスコミは書き立てた。それでも加賀は、「誰に迷惑かけるじゃなし、私が私の子を産むの」と堂々としていた。
そして出産。だが生まれた娘は、わずか7時間で短い命を終えた。数日後その事実を知らされた加賀は、病室で声をあげて泣いたという。そしてマスコミの目を避けるため、親友だった作詞家の安井かずみが住んでいたアパートの空室を借りてもらい、そこに身を寄せた。
数カ月後仕事に復帰した際の映画の撮影初日には、ここぞとばかりにマスコミは詰めかけた。だがそれを見た監督の森谷司郎が、「キミらは神聖な映画の現場を何だと思ってる! 彼女は今、1人の女優としてここで仕事をしてるんだッ! 下司なことをするなッ!」と一喝した。
当時「未婚の母」になることを自ら選んだ加賀まりこの生きかたは時代の常識を超えたものであり、それゆえ世間の激しい好奇の目にさらされた。そのなかで、幼い頃から身近だった映画の世界が加賀を守ってくれたわけである。
加賀まりこは「本物の正直」である
1974年、30歳のときにフジテレビのプロデューサーと結婚。それまで「自分が追いかける」のが加賀の恋愛パターンだったが、このときは逆。ただ結婚に至ったものの、感性の違いなどがしだいに埋めがたいものになり、結局5年ほどで離婚となった。
倉本聰脚本『やすらぎの郷』(テレビ朝日系、2017年放送)では、かつて恋人だった石坂浩二との共演が話題になった。そして59歳のときからは、演出家の清弘誠と20年以上に及ぶ事実婚生活を続けている。