第一生命の保険外交員として全国トップクラスの実績を誇る一方、89歳で刑事告発されるまで顧客から19億円超を騙し取り続けた“伝説の生保レディ”正下文子。
その“最後の被害者”となったのが、半世紀にわたり正下を姉のように慕ってきた知人・田中ヨウ子である。自身が所有するマンションの改修資金1000万円を預けてしまった彼女は、なぜ手書きの借用証書を信じ込み、裏切られてしまったのか。
ここではノンフィクション作家・窪田新之助氏が事件の真相と正下文子の人生を追った『岐山の女』(講談社)から一部を抜粋して紹介。詐欺が明るみになった後、ヨウ子が自ら書き上げた怒りの手記『マインカンプ 特別篇』や本人の生々しい証言をもとに、破滅寸前の正下と被害者のやりとりに迫る。(全3回の1回目)
◆◆◆
「頼まれ事をされた事は無かったから、何とかお役に立ちたい」
そんな“姉”と慕っていた人物からふいに投資話を持ち掛けられたのは、2020年3月半ばのことだった。
正下は、第一生命の支店長とともにヨウ子の自宅を訪れた。そこで切り出されたのが、いわゆる「特別枠」の話だった。
『マインカンプ 特別篇』には、こう記されている。
〈自分は会社で今年も売上げが全国一になった〉
〈褒美として会社が顧客の中から一人だけ、うん千万円枠で有利な条件で預かり、沢山金利をつけて廻してくれるのだが、その一人に私を推薦したい〉
金額の大きさに驚き、その場では断った。
だが翌日、正下から電話が入る。
〈どうしても推薦したい〉
〈誰か推薦しないと格好がつかない〉
さらに金額は1000万円に減額された。
ヨウ子は冊子で、当時の心境をこう振り返る。
〈Sさんに頼まれ事をされた事は今までに無かったから何とかお役に立ちたい〉
