第一生命の保険外交員として全国トップクラスの実績を誇る一方、89歳で刑事告発されるまで顧客から19億円超を騙し取り続けた“伝説の生保レディ”正下文子。20年以上もの間、家族ぐるみで付き合いがあった千鶴子(仮名)も彼女の被害者の1人だ。

 ここではノンフィクション作家・窪田新之助が事件の真相と正下文子の人生を追った『岐山の女』(講談社)から一部を抜粋して紹介。

 開業医だった夫を癌で失い、億単位の保険金を受け取った千鶴子から正下はどのようにして金を奪ったのか。架空の投資話を持ち掛け、顧客を信じ込ませ続けた手口について、千鶴子の娘・安田景子(仮名)の証言をもとに迫る。(全3回の2回目/最初から読む)

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画像はイメージ ©rammy2/イメージマート

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夫が癌だと伝えると「私に任せなさい」と…

 初めて出会ってから20年以上が過ぎたころ、そんな二人の間に、穏やかではない、生々しい話が入り込んでくる。一連の詐欺事件の端緒がこのあたりにあることに気づいたのは、取材がもう少し進んでからだった。

 このころ、安田の父忠雄に癌が見つかった。病院の検査ではまだ重度の段階ではないという結果だった。

 だが、開腹したところ、予想以上に悪化していることがわかった。

「予後は厳しい」

 患者本人への癌の告知が一般的でなかった当時のこと、妻の千鶴子だけが医者からそう知らされた。

 それを正下に打ち明けると、「私に任せなさい」という答えが返ってきた。

 ある日、千鶴子が夫の入院先まで看病に向かうと、正下も同行してきた。

 道中、正下は真顔になってこう諭してきた。

「万が一のことを考えなければ駄目よ。先生(忠雄のこと)が治るのが一番だけど、治らないことだってある。病院は借金している状態だから、たたまなくてはいけなくなるかもしれない。それだけでなく老後のこともあるし、これからお金が必要になるでしょ」

 このときに正下が提案したのは、忠雄の生命保険を法人契約から個人契約に変更すること。法人契約のままだと、医療法人の理事長である忠雄が亡くなった場合には、病院に保険金が入る。それは、まず医業絡みの借金や職員の給与などの支払いに充てられ、その残額が死亡退職金として遺族のものになる。

 対して個人契約に変更して、受取人を千鶴子に変更すれば、より多くの保険金が遺族に残される。

 千鶴子にとって、正下の提案はすんなりと受け入れられるものではなかった。なにより忠雄が病気の快復に向けて、懸命に治療を受けている最中だったからだ。夫に対して、その死を前提とした提案をするのはあまりに酷ではないか――。

「そんなこと、よう言えません……」

 千鶴子は思い余って泣いた。