残った億単位の金
後日、果たして安田家には億単位の保険金が入ってきた。
裁判資料によると、千鶴子は正下の助言に従い、保険金は山口銀行の上関町と下関市、萩市にある3ヵ所の支店に分散させた。千鶴子の家は瀬戸内にあり、日本海に面した萩には縁もゆかりもない。
分散させた理由を安田に聞いてみたが、見当がつかないということだった。
忠雄の死とともに、安田家は医療法人の経営から退いた。保険金の一部は医療法人を整理する費用に充てられた。それでも億単位の金が残った。
それから2年後の秋の日。
変わらずに千鶴子の自宅に通っていた正下は、未亡人に、新たな話を持ち掛けた。遺産の運用についてである。提案の内容は次の通りだ。
〈このまま銀行に預けておいても利率は低いからじっと置いておいてももったいない〉
〈第一生命の中に特別枠で運用する専門部署がある〉
〈自分のような成績優秀者しかこの特別枠の運用には入れない〉
〈今なら枠が空いている〉(以上、裁判資料より)
第一生命の調査報告書によると、正下が顧客に架空の投資話を持ち掛けるようになったのは2002年から、となっている。ただ、実際にはこの11年前からすでに始まっていたのだ。
そのときの千鶴子にとって、正下はもはや他人ではなかった。ずっと敬愛してきたうえに夫の死後、暮らしに困らないように金をつくってくれた恩人である。
「だから母は乗ってしまったんです」
千鶴子は投資用の金を引き出すため、3つの支店を回った。正下はそれに付き添った。
これを機に、千鶴子は「正下ファンド」に何度も投資する。正下がつくった借用証書のうち、千鶴子の手元に残っているものだけで計14枚に及ぶ。