共同通信社のキーウ支局長として、2025年3月からおよそ1年間ウクライナに滞在した飯沼賢一氏。現地で経験した“戦争最前線のリアル”を語った。

◆◆◆

「もうここに人はいないのに」

ADVERTISEMENT

 カテリーナさん(63)が秋空を見上げ、つぶやいた。イヌやネコがさまよう街の上空に、無人機(ドローン)の「ブーン」という羽音が響いていた。

 2025年9月、ロシア・ウクライナ戦争の最前線、ウクライナ東部ドネツク州ドブロピリャに、私はいた。暮らしていた首都キーウから車で10時間。前線に近づくとヘルメットと防弾チョッキを身につけ、この町を守る軍部隊のエスコートを受けた。軍車両の先端に取り付けられた無人機探知機が、時折「ピーッ」と鋭い警告音を発した。

戦死したウクライナ兵が埋葬された墓地(ウクライナ・ドネツク州クラマトルスク) ©EPA=時事

 ヒマワリとトウモロコシが植えられた畑を抜けると、かつて2万8000人が暮らした町に着いた。ロシア軍は20キロ先のポクロウシク包囲を狙い、補給線上にあるドブロピリャに猛攻を仕掛けていた。

 住民の9割以上は既に町を離れていた。商業施設は空爆で砕かれ、集合住宅は窓ガラスの割れていない方が少ない。断水は1カ月に及び、生ごみのようなにおいが鼻をついた。開いている食料品店は1軒しかなかった。その店の唯一の買い物客が、カテリーナさんだった。

「一人息子を殺され、今は家族も友人もいません。ここに残るのは、私のような年寄りだけです」

 缶詰を入れたビニール袋を片手に話してくれた彼女に、別れ際に尋ねた。もし戦争が終わるなら、この町がロシア領になることを受け入れられますか――。

「プーチンの狙いは領土じゃない。ウクライナ国家と国民をひざまずかせることです。ここを譲ったとしても、いずれまた攻めてきます」

 私は共同通信キーウ支局長として今年4月まで戦時下のウクライナに住み、近づく無人機の羽音に耳を澄まし、人々の声を記録してきた。ロシアの侵攻後、アジアの報道機関としてキーウに支局を開設したのは共同通信だけだ。

 ウクライナに身を置いた約600日の間に、戦争の形は大きく変わった。戦局を左右するのは、戦車や軍用機だけではない。数百ドルから数万ドルで造られる小さな無人機が、敵を探して攻撃し、前線へ物資を運ぶようになった。