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連載地方は消滅しない

地方は消滅しない――福島県二本松市の場合

原発事故を乗り越えてアルコールツーリズムを

2016/09/27

source : 文藝春秋 2016年10月号

genre : ニュース, 社会, 経済

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イラストレーション:溝川なつみ

「かんぱーい」。夕暮れの山里に歓声が響く。

 阿武隈の山々に囲まれた福島県二本松市の東和地区。平成大合併前の旧東和町だ。その小高い丘にあるワイナリー「ふくしま農家の夢ワイン」の庭で八月、地元の縫製工場の社員が納涼の飲み会を開いていた。

 このワイナリーは八人の農家が設立してからまだ四年しかたっておらず、ようやくワインやシードル(リンゴ酒)の製造が軌道に乗ってきたところだ。そこで「まず地元の人に愛飲してもらおう」と、毎月五百円の会費で感謝祭を催し、会社や団体の飲み会も引き受けている。手作りの窯でピザを焼き、農家が持ち寄った野菜でバーベキューをする。ワインやシードルは飲み放題だ。

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 この日の飲み会は、感謝祭に参加した工場の女性が「同僚にもワイナリーの酒を飲んでほしい」と企画し、約三十五人が訪れた。

「すっきりしていて、飲みやすい。地元の農家がこれだけのワインを作れるとは驚きです」。六十代の女性がグラスを重ねる。シードルを手にしていた四十代の課長は「爽やか。さっぱりしていて女性に好まれそう。私は感謝祭にも来たことがあるのですが、美味しくてつい飲みすぎました」とグラスを飲み干した。

 ただ、ここに至るまでには多くのハードルがあった。東和は原発事故の避難区域に隣接した地区だ。なのに、あの事故が起きた翌月にブドウを植え、ワイナリー設立に向けて動き出した。同県の農業は壊滅的な打撃を受け、自殺者まで出た時期である。そのような時になぜ――。始まりは原発事故の前年だった。

 かつて青年団活動が盛んだった東和地区では、今も昔の仲間で集まっては、酒を飲み交わしている。

 そうした飲み会の一つで、東和地区をどぶろく特区にしようという話が持ち上がった。各戸で自慢のどぶろくを作ってきた土地だからだ。その飲み会に参加していた斉藤誠治さん(六十六歳)は「ワインの方がいいんじゃないか」と考えた。

 斉藤さんはナスやネギを栽培する農家だ。畑で終日作業をしていても登下校する児童を見ない日が多い。斉藤さんが小学生の時、同級生は三十人いた。旧東和町内に七つの小学校と一つの分校があった頃だ。ところが今や一校になり、それでも三十人ほどしかいない学年がある。これでは子供を見かけるはずがない。

「ワインなら女性が呼べる。農家に嫁が来てくれるかもしれない」。斉藤さんがこう切り出すと、飲み会は一気に盛り上がった。嫁不足は子供が減った原因でもあった。

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