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連載地方は消滅しない

地方は消滅しない――福島県二本松市の場合

原発事故を乗り越えてアルコールツーリズムを

2016/09/27

source : 文藝春秋 2016年10月号

genre : ニュース, 社会, 経済

 ワインは他にもメリットがあった。養蚕地帯だった東和地区では、蚕の餌にしていた桑畑が荒れ放題になっていた。桑畑は山の斜面のような土地にあり、適した転作作物がなかなか見つからない。だが、ブドウなら植えられそうだった。

 さっそく飲み会のメンバー七~八人でブドウの産地を視察した。「これならできる。栽培から生産、販売まで自分達でやろう」という話になり、苗木はその日のうちに注文した。後で話を聞いた人が加わり、注文者は十二~十三人に増えた。二〇一〇年十一月のことだ。

今年は天候が良く、ブドウが豊作だ

 翌年三月、東日本大震災が発生した。東和地区は岩盤が固く、被害は少なかった。が、原発事故が起きた。発電所は四十キロメートル以上離れていたが、大混乱に陥った。

 まず、原発の爆発から三日後、全町避難を決めた同県浪江町が役場ごと逃げて来た。七千人ほどしかいない東和地区に、四千人以上の避難者が押し寄せたのだ。住民は焚き出しなどで忙殺された。

 東和地区も放射能汚染を免れたわけではなかった。自主避難した人もいた。斉藤さんは逃げなかった。ブラジルに移住した親類から「避難して来たら」と連絡があったが、「六十歳を超えた身だから」と断った。

 四月、注文していたブドウの苗が届いた。田畑の作付けを見送る農家が続出していた時期だ。斉藤さんは「乗りかかった船だし、東和地区は避難区域にならなかったのだから」と植えた。ブドウの専業農家ではないという気楽さもあった。苗を注文した人は全員が植えた。

 買ったのはヤマ・ソービニオンという山ブドウの交配種だ。東和地区の土に合うかどうかは、育ててみないと分からない。ただ、山ブドウが自生していたから根付くだろうとは思った。ブドウは植えてから収穫まで三年ほどかかる。もし合わなければ、それから別の品種に植え替えなければならない。このため、少しでも早く植える必要があった。

 飲み仲間の中には、もう前に進み始めていた人もいた。原発事故のさなかに個人で酒造免許を取った関元弘さん(四十五歳)だ。関さんは農水省の官僚だったが、町役場に出向したのがきっかけで、〇六年に就農し、有機野菜を栽培していた。

 ベルギービールが好きな関さんは、東和産の農産物を副原料にして自宅で“ビール”を作ろうと、震災が起きる前の週に、国税局に発泡酒の酒造免許を申請した。局の担当官は「一度取り下げて、何年か後に再申請したらどうか」と促したが、「こんな時だからこそやるんだ」と同年から醸造を始めた。