「サンジャポを卒業したあと…」TBS退社を考え始めた“きっかけ”
――何かきっかけがあったのでしょうか。
山本 『サンデージャポン』を卒業したのが、自分の中で大きかったかもしれません。私は情報番組やバラエティ番組を担当したいという気持ちが強かったんですけど、サンジャポを卒業したあとは、仕事が報道番組のほうに寄っていったんですね。
もちろん、アナウンサーとして報道に携わることにやりがいを感じていたんですけど、TBSに居続けて10年後、20年後も楽しく仕事をやっているのだろうかと考えたときに、少し自信をなくしてしまって。
――そこから、フリーになることを考え始めた。
山本 TBSでできることは限られてしまうけど、外に出てみたら、もっと自分の仕事の幅が広がるかもしれないなと。
あと、フリーになった20年後の自分がどうなっているかわからなかったけど、それが逆に楽しみだな、自分でどうにでもできるな、とも思ったんです。それで「やってみたい、挑戦してみたい」と気持ちが固まって、すぐに部長のところに相談しに行きました。
安住アナは「一緒に番組をやりたかったよ」と…
――大企業を辞めることへの葛藤や不安はありませんでしたか。
山本 もちろんありましたよ。たくさんフリーアナウンサーがいる中で、どうやって自分らしさを出せばいいのか、という不安も大きかったです。
でも、やってみよう、挑戦しようという気持ちのほうが大きかった。もし現状に満足していたら、「フリーアナウンサーになってみたいな」という選択肢が自分の中に出てこないと思うんですよね。自分の中で転換期を迎えて、挑戦したい気持ちがすでに芽生えていたんだと思います。
私は、やらないで後悔するより、やって後悔したい性格なので。TBSを出て、自分なりにとことん頑張ってみようかなと。もし悩みが発生したとしても、そのときまた考えればいいかなという気持ちでした。
――退社する際、周りの人はどんな反応でしたか?
山本 同期は、「いやー、里菜はいつかそういう選択をすると思ってたよ」っていう反応でしたね。私も「ありがとう、行ってくるわ」みたいな感じで。
安住さんに「辞めます」と報告したときは、「僕は里菜ちゃんと、何かひとつ一緒に番組をやりたかったよ」という言葉をかけてもらって。それを聞いたら、ちょっと後悔の気持ちが湧きましたね。「うわー、そうだったんですか」って。
私、安住さんと一緒の番組をやった経験があまりなくて、特番で1回一緒にやったくらいだったんです。でも、かわいがってくださって。だからその言葉を聞いたときは、「うっ……」という気持ちになりました。
撮影=山元茂樹/文藝春秋
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