「内海薫」が生み出された背景

 2007年から『探偵ガリレオ』『予知夢』を原作とする、福山雅治主演の連続ドラマ『ガリレオ』がフジテレビ系で放送されたが、そこには原作2冊には登場していない内海薫が、湯川に捜査への協力を要請する役回りで登場している。そのため、内海薫はドラマへの登場が先だと誤解されがちなのだが、実際は、ドラマに湯川のパートナーとなる女性キャラクターを登場させたいという制作側からの要望に対し、東野がその人物を先に小説に登場させるという条件で受諾して生み出されたキャラクターだったのだ。

 その『ガリレオの苦悩』と同時に発売されたのが、第二長篇『聖女の救済』である(東野ほどの売れっ子作家が2冊同時発売とは、よくそんなスケジュールが実現したものだとつくづく思う)。正直なところ、『容疑者Xの献身』ほどの傑作を生んでしまった以上、それに匹敵する長篇を書くのは難しいのではないか――と思っていた読者も少なくなかった筈だ。しかし、東野は見事にハードルを越えてみせた。この作品では毒殺事件の容疑者に草薙が肩入れしてしまい、湯川と対立するというそれまでにない構図が描かれる。しかも、湯川が解き明かしたトリックは、理論上はあり得ても、現実にはあり得ない「虚数解」。湯川を困惑させるほど非論理的かつ大胆な発想で完全犯罪を成し遂げようとしたこの事件の犯人は、シリーズ中、最大の強敵と言えるかも知れない。『容疑者Xの献身』よりこちらを高く評価する読者もいるのも納得だ。

湯川の人間性を掘り下げる試み

 この2長篇に続き、シリーズでは湯川の人間性を掘り下げる試みが続けられる。『探偵ガリレオ』の時点で湯川は、非論理的だからという理由で子供嫌いだと述べていたが、第三長篇『真夏の方程式』(2011年)では、海辺の町で起こった殺人事件を通して、湯川と小学5年生の少年・柄崎恭平の真摯な交流が描かれる。湯川の優しさが深い余韻を残す作品であり、『容疑者Xの献身』『聖女の救済』とはまた違った意味で人気が高い長篇だ。

ADVERTISEMENT

 2012年の8月と10月に刊行された2冊についてはちょっと説明が必要だ。当初、この2冊は『虚像の道化師 ガリレオ7』『禁断の魔術 ガリレオ8』と題された短篇集だった。しかし、2015年の文庫化の際に後者収録の「猛射(う)つ」を『禁断の魔術』として長篇化し、同時収録されていた3つの短篇は文庫版『虚像の道化師』に組み込むという再編が行われたのである。『禁断の魔術』は、かつて湯川に学んだことのある人物が容疑者となる物語であり、湯川の新たな側面を描きつつ、このシリーズの長篇としては最も科学的なトリックが重視されている。その意味では、シリーズの長篇と短篇の美点を兼ね備えた作品と言えそうだ。