あまりに美しいシリーズの閉幕
東野の中でこの2つのタイトルが、具体的にどのように長篇のヒントとなったのかはよくわからない(長篇となったことは編集者にとっても予想外だったようだ)。また、執筆時期には既に彼は大腸がんで闘病していた筈だが、病と向き合っての心境が構想にどのくらい影響を与えたのかも不明である。東野の頭の中にはまだまだ書きたかった作品のアイディアが存在していた筈であり、それらは彼の死去とともに永遠の謎となってしまった。しかし『永遠の記憶』は、既読の方はご存じの通り、あまりにもシリーズの締めくくりに相応しい内容だった。
第一作『探偵ガリレオ』の時点で草薙は34歳、湯川も大学のバドミントン部の同期だからほぼ同年齢だろう。シリーズの始まりから30年、作中でもだいたい同じ歳月が流れており、湯川も草薙も60代。薫は結婚して息子がいる。その薫がスーパーで見知らぬ老人に刺されて負傷する……という極めて衝撃的な事件から『永遠の記憶』は開幕する。第一部「履歴る」では、黙秘したままで身元も不明のこの老人と、やがて浮上してきたもう一人の人物の真意をめぐって、湯川や草薙たちとのスリリングな攻防戦が展開される。
管理官となり、捜査の第一線から離れていた草薙は、定年まではまだ間があるものの、刑事としての寿命は全うしたとの考えから終活を模索している。そんな彼の終活に湯川がつき合うのが第二部「終活る」だが、そこで明かされる事実には、このシリーズを読み続けてきたファンはあっと言わされた筈だ。
ネタばらしにならないように説明するのが難しいのだが、この結末は、本稿で言及したあるトピックへのアンサーとしても読める。東野がそれをそこまで気にかけていたというのも意外なのだが、結果として、長期シリーズの締めくくりとしてはあまりにも美しい閉幕となった。
シリーズ開始から完結まで30年。そのあいだに東野は、自身の専門知識をふんだんに盛り込んだ理系の犯罪トリックとその解明の面白さ、魅力的な名探偵像、彼とその周辺の人物が歳を重ねてゆくことから生じる深みのある人間ドラマ……等々、さまざまな要素をこのシリーズで繰り広げてみせた。これからも、ミステリー史に残る不朽の名シリーズとして読み継がれてゆくことだろう。最後に、『ガリレオの苦悩』所収の「操縦る」から湯川の名言を引用しておきたい。
「人の心も科学です。とてつもなく奥深い」

