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一方で、巨人時代の張本は監督の長嶋から“正座説教”を受けたことも。ある試合で張本はスクイズのサインを見落とした。三塁走者はアウトになったが、自らタイムリーヒットを放って挽回、試合も勝利する。
長嶋から正座をさせられ、こっぴどく叱られた
試合後、監督室に呼ばれた張本。労われるかと思いきや、長嶋から正座をさせられ、サインの見落としをこっぴどく叱られるのだ。
「あの場面、俺は確実に1点が欲しかったんだ!」
長嶋の真摯さに胸を打たれ、涙がこぼれたという張本。小誌「阿川佐和子のこの人に会いたい」(15年10月1日号)で、次のように述懐している。
〈しかも監督まで目の前で正座して、向き合ってくれて……(中略)「私が自信過剰で間違ってました」と謝りました。そのときにいい監督に会ったな、巨人に入って良かったなと初めて思えたんです〉
件の試合で三塁走者だった柴田勲が当時を回想する。
「長嶋さんの監督1年目は最下位で翌年に優勝、次の年も連覇。加入した張本さんの存在が大きかった」
巨人移籍2年目には、盟友の王が通算本塁打数の世界記録を樹立。
「記録達成が近づくと、王さんがホームランを打つ度、張さんは自分のことのように喜んでいました。そういう人なんです」(中畑)
張本は40年6月、韓国慶尚南道から広島県に移り住んだ両親のもと、4人きょうだいの次男として生まれた。5歳の夏、広島に原子爆弾が投下され、小5だった上の姉を喪った。
「辛い経験からか、女性にとても優しい方でした」
