「事前に打ち合わせはしませんでした。だから本番では生きた言葉が出てくるんです。張本さんは自分の中で『それは違うんじゃないか』と感じることを、歯切れよく伝えようとしていました。特に我々の世代は貧しい時代を経験していますから、例えば若い人が道具を粗末に扱うとか、そういった事に厳しかったですね」
番組のサブキャスターを務めたフリーアナウンサーの橋谷能理子はこう偲ぶ。
「毎週日曜の朝、局内で挨拶すると、『おう、おはよう!』と返してくださいました。根は優しく、礼儀と時間に厳しい方。番組では毎週どんな『喝!』が飛び出すか、みんなが楽しみにしていることを自覚し、臨んでおられたようでした」
高校野球の7回制導入案に「大喝です!」
ただ、忌憚のない物言いが物議を醸し、炎上することも珍しくなかった。
「みんなに批判されちゃったんだけど、奥さん、どう思いますか?」
前出の田中は、張本からそう打ち明けられたことがあったという。
「コロナ禍前、大谷翔平選手の二刀流に反対した時だと思います。『張本さんはご自分の意見を言っただけ。何も悪いとは思っていませんよ』と私が伝えると、張本さんは『よかった。少し気が楽になりました』とおっしゃっていました」
小誌が最後の「喝!」を聞いたのは、今年の5月のこと。高校野球の7回制導入案に言及し、舌鋒鋭く反対意見を披瀝した。
「7回制だと、もう野球じゃないでしょう。ゴルフが14ホールで、相撲が10日で終わりますか? せっかく鍛えて体を作っているのに、短くなる分、心身も弱くなりますよ。7回制は絶対やめた方がいい」
そして「大喝です!」と締め括ったのだった。
関口がしみじみと悼む。
「食事にも行きましたし、ゴルフコンペもやりました。張本さんには『ありがとう』と伝えたいね。付け加えるなら、『よく頑張られましたね』と。努力で道を切り拓いてきた人でしたから。やっぱり被爆の原体験が大きかったんだと思います」
晩年は、壮絶な被爆体験をもとに、積極的に反戦メッセージを発信し続けていた張本。最期まで“あっぱれ”な人生だった。
(文中敬称略)
