ガザへの報復に始まったイスラエルの軍事行動は「自衛」の枠を超え、中東全域へ拡大した。なぜ国際社会は対応できず、戦禍の拡大を許したのか。中東研究の第一人者、酒井啓子さんの『はみ出す中東と世界』より一部抜粋してお届けする。(第3回)

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10・7からガザ戦争へ

 2023年10月7日早朝、イスラエル南西部の複数のキブツに衝撃が走った。隣接するガザ地区から、ハマースを中心とする反イスラエルのイスラーム武装組織がイスラエルとの境界を越え、数千人の戦闘員がイスラエル領内に侵入したのだ。陸路だけではなく、空からはパラグライダーで、海からはモーターボートで一斉に潜入した。この襲撃で1200人以上が殺害され、251人が拉致、ガザに連行された(イスラエル政府発表による)。死者数は1982年のレバノン侵攻以来、拉致被害者数としては前代未聞である。

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 ハマースが「アルアクサー大洪水作戦」と名付けたこの攻撃に対して、イスラエルは即座に反撃した。数時間後にはイスラエル国軍はガザへの空爆を開始し、臨戦態勢を宣言、2日後にはガザへの物資、人的流入を、支援物資を含めてすべて封鎖した(ガザ戦争)。イスラエルの反撃から3週間でガザ住民の7300人以上が死亡し、ガザの45%の家屋が破壊ないし損傷を受け、食糧備蓄は11日分しかもたない、と報じられた。この数字は、2026年8月12日現在、死者数は10倍に、破壊された建物は8割以上にのぼっている。

イスラエル軍によるガザ地区への攻撃
Palestinian News & Information Agency (Wafa) in contract with APAimages, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons

 イスラエルの報復によるガザ民間人の被害増大に対して、国際社会はこれを止める手立てを持たなかった。国連安全保障理事会は翌日には緊急の非公開会合を開いて対応を協議したものの、何の決議、行動にもつながらなかった。10月27日になってようやく国連総会が即時停戦の決議を採択したが、イスラエル、米など14か国が反対、日本や英、独、伊など45か国が棄権した。安保理では、10月中に繰り返し決議案が提案されたものの、常任理事国による拒否権発動で採択に至らず、一時休戦、人質解放を謳った決議2712が採択されたのは、ようやく11月15日になってからのことである。

 安保理をはじめとする国際社会の対応が遅れたのは、イスラエルの軍事行動はハマースの「テロ」に対する自衛戦争である、とのロジックに、欧米諸国の多くが同意したからである。そこには、イスラエルという国の存立がヨーロッパでのユダヤ人迫害に起因している、という過去の負の遺産(デブリ)が大きく作用している。ホロコーストの負債を抱えるドイツをはじめとして、多くのヨーロッパで、「反ユダヤ主義」を禁ずることは第二次大戦後の国是にも等しい原則となった。

酒井啓子『はみ出す中東と世界』(文藝春秋)

 そして、「反ユダヤ主義」はしばしば「反イスラエル」と置き換えられ、イスラエルの政策を批判、反対すること自体がホロコースト擁護、ナチス支持などの汚名を着せられることとなった。国際刑事裁判所はネタニヤフ首相をはじめイスラエルの要人の戦争犯罪を認め、国際司法裁判所はイスラエルの行動を「ジェノサイド」とした。それでも欧米社会はイスラエルの攻撃を止めるのに有効な手立てを持たず、国内で高揚する反戦、パレスチナ支援のさまざまな運動に対して、これを弾圧する政策を取った。国連パレスチナ問題担当特別人権担当報告者のフランチェスカ・アルバネーゼは、その歯に衣着せないイスラエル批判により、米政府から個人資産に制裁を加えられるという理不尽な措置を受けた。

フランチェスカ・アルバネーゼ氏
Fotografía oficial de la Presidencia de Colombia - Andrea Puentes, Public domain, via Wikimedia Commons