親イラン・反イスラエルネットワークとしての「抵抗の枢軸」

 だが、イスラエルの戦争は本当にガザで起きたこと、ハマースによって引き起こされたことに対する「自衛戦争」なのか? イスラエルの反撃がハマースだけを対象にしているわけではないことは、ガザ戦争直後からパレスチナ占領地全域や隣国レバノンにまで戦線を拡大していることからもわかる。

 ガザ戦争開始とともに、もうひとつのパレスチナ占領地である西岸――イスラエルとしては相手にしやすいパレスチナ自治政府の管轄――でも、パレスチナ住民とイスラエル人入植者の間で衝突事件が増えていった。

   国連人道問題調整事務所OCHAによれば、西岸で入植者がパレスチナ住民を殺害する事件は、「アルアクサー大洪水作戦」以前の2023年1~10月6日の期間で死者198人だったのに、作戦後同年末までの3か月弱で死者数は308人に急増している。2024年には498人、2025年にはやや減少して240人となったが、それでもガザ戦争以前のレベルからすれば、非常に多い。死者数ではなく件数(人的、物理的にパレスチナ人の生活を破壊した事案)でみれば、2023年1291件、24年には1449件、25年1836件と、増え続けている。

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 イスラエルが、西岸を含めてパレスチナとの共存を無理だと考え、露骨にこれを排除するようになったのは、ユダヤ人政策研究所(Jewish People Policy Institute)による世論調査を見てもわかる。戦争が終わったらガザをどうすべきか、との設問には、2025年3月の段階で28%がイスラエルの支配を、24%が西側諸国中心の国際部隊の支配を希望し、パレスチナ自治政府に任せるとするのは9%に過ぎなかった。ハマースの政治復帰を決して認めないばかりか、パレスチナ自治政府にも任せない、という意見が多数なのだ。2023~24年の同研究所による世論調査では、パレスチナ自治政府は解散すべしとの回答が2023年11月には46%、2024年3月でも37%と最大だった。

 さらにイスラエルの軍事行動は、占領地以外の周辺国にも及んだ。「アルアクサー大洪水作戦」開始の翌日、レバノン南部に拠点を置くヒズブッラーは、イスラエルのガザ攻撃の反撃として、シリア・レバノン国境のシェバア農場を占領するイスラエル軍をミサイル攻撃した。ヒズブッラーと同じシーア派のイスラーム主義を掲げるイラクの武装組織もまた、対イスラエル攻撃に加わった。イランのIRGC(イスラム革命防衛隊)と密接な関係を持つ彼らは、シリアまで橋頭堡を進め、イスラエル国境近くからも攻撃を繰り返した。さらにイエメンからは、2015年以来政権を掌握するフーシ派が、イスラエルに向けて紅海を航行する軍艦、民間船舶を攻撃し、イスラエルの海洋航行を脅かした。

 ガザのハマースのみならず、北のヒズブッラーや南のフーシ派に挟まれたイスラエルにとっては、確かに「自衛のための戦争」に見える。しかし、それは徐々に自衛やハマースにより拉致された人質の解放、という目的を越えて、ハマースとヒズブッラーの殲滅(せんめつ)を目的とした攻撃へと変化していった。2024年7月末、イスラエルはイランを弔問していたハマースの指導者、イスマイール・ハニーヤを爆殺した。同年9月にはヒズブッラーの指導者、ハサン・ナスラッラーをビルごと破壊して殺害した。

ハマースの指導者だったイスマイール・ハニーヤ氏
Khamenei.ir, CC BY 4.0 , via Wikimedia Commons

 これらのイスラエルの「斬首作戦」は、反イスラエル抵抗組織を徹底的に無力化し、殲滅することを目的とした行動だったといえよう。そしてその目的は、イスラエル国民にも共有されていた。前述の世論調査によれば、イスラエル軍が自由に「テロ組織」に対する予防的措置を行うべき、という意見は、それぞれ31%、39%だった。その認識の上に、レバノン攻撃を本格化する前の2024年6月時点ですでに、「(ガザ戦争が終わっても終わってなくても)ヒズブッラーを攻撃すべし」との意見が6割を超えていたのである。

「敵」の殲滅だけではない。「敵」が存在する地域を破壊し、イスラエルに攻撃をなさないように無力化し、実質的な支配を及ぼすまで攻撃しないと安心できない、という志向に、イスラエルは傾斜していく。2024年にヒズブッラーに大打撃を与えたにもかかわらず、2026年3~4月にもレバノンに大規模に進軍、南部3分の1近くを実効支配するに至った。イラン戦争の影に隠れてあまり注目されなかったが、この攻撃でレバノン人4300人以上が死亡し、120万人以上が国内避難民となった。「自衛」のためのレバノン国境地帯の緩衝地化というには大規模すぎる、隣国への軍事侵攻である。

 また、2024年末に政権転覆が実現したシリアでは、その混乱に乗じてイスラエルが占領するゴラン高原からさらにシリア国内にイスラエル軍を東進させ、クネイトラ県や北部のヘルモン山を実効支配した。シリア国内に点在していたIRGCやイラクの親イラン系民兵組織の基地を次々に空爆し、シリアの制空権を確保した。軍事的圧力を背景に、シリア新政権に対してイスラエルとの関係正常化を迫っている。

イランを戦争に引きずり込もうとしたイスラエル

 周辺国の反イスラエル勢力の次に、イスラエルが攻撃目標としたのが、イランである。ヒズブッラーやイラクの親イラン組織が「抵抗の枢軸」と呼ばれ、イラン・イスラーム共和国体制と長く深い関係にあったことはよく知られている。イスラエルとしては、これらの反イスラエル組織を完全に叩き潰すにはイランに打撃を与えなければならない、と考えた。そのため、イスラエルは2024年4月から、シリアのイラン大使館やIRGC基地を攻撃するなどしてイランを挑発、イランを戦争に引きずり込もうとした。しかし、イランはこれに極力、自制的な対応をとる。反撃するとしても極めて限定的で、周辺国に予め警告して戦線拡大の意志がないことを示唆したほどである。

 だが、イスラエルは諦めない。なんといっても、イスラエル国民の間でイランに対する攻撃を支持する声は、ガザ戦争以前から大きかった。イスラエル民主主義研究所(The Israel Democracy Institute)によれば、2021年時点ですでにイスラエル・ユダヤ人の5割から6割強が、米国の同意なくてもイランの核開発施設を攻撃すべき、との意見だった。

 そこで、イスラエルは核問題を理由に、イラン攻撃を行うこととした――そうすれば、米国の協力が得られる、と期待して。

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酒井 啓子

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最初から記事を読む 湾岸戦争の「国際法遵守」はどこへ消えたのか? ブッシュ政権の“180度の大転換”が生み出した「対テロ戦争」20年間の絶望とデブリ