アントニオ・フォンタネージ(1818―1882)というイタリア人の画家の名前を聞いたことがありますか? ご存じの方の多くは、彼を明治時代のお雇い外国人画家として認知していると思います。フォンタネージは確かに1876年から2年間、日本で最初の官立の、西洋美術を教えるために作られた工部美術学校の教授として招聘され、多くの優れた日本人画家を育てました。

 しかし、フォンタネージが来日したとき、すでに彼が優れた風景画家としての地位を確立していたことはほとんど知られていないでしょう。フォンタネージの風景画は単に景色を写すのではなく、抒情的で詩的なイメージを喚起するところが高く評価されていました。その詩情とは、具体的にはどんな風に表現されているのでしょう。

フォンタネージは生徒を褒めて指導するタイプの教師だった、と言われています。
アントニオ・フォンタネージ「四月」
1873年 油彩・画布 トリノ市立近現代美術館蔵

 本作は、フォンタネージの代表作の一つです。この絵のどこが凄いのかと問われてもすぐにはピンと来ないかもしれません。タイトルは「四月」なので季節は春。そしてもともとは「朝」というタイトルがつけられていた通り、朝の情景を描いたものです。構図は、画面下3分の1あたりに地平線を置き、左手に葉のない大きな木を配し、その向こうに雲で隠れて逆光になった太陽を描いたオーソドックスなものです。

ADVERTISEMENT

 では、この絵をフォンタネージが本作の十数年前に描いた「ブジェイ高原」と比較してみましょう。こちらの方が事物の輪郭がくっきりしていて、中景の牛たちや遠景の家が明瞭に描かれています。さらに、色を見ると、空の青、草の緑、牛の茶色など、ブロックごとにきっちり塗り分けられています。

フォンタネージ「ブジェイ高原」(1858―60年頃)新潟県立近代美術館・万代島美術館蔵

「四月」に目を戻すと、こちらはすべての輪郭がぼんやりと曖昧になっていて、全体に茶色っぽい色で境目がなく統一されています。リズミカルに筆触を残しつつ隣り合う筆致は少しずつ溶け合い、画面を統一する色調と合わせて、光と影がドラマチックに捉えられ、大気の揺らぎのようなものまで感じさせます。このような表現が、見る人の心の中のあわあわとしたイメージとリンクし、その人の記憶や物語を喚起する、そこがフォンタネージの絵に抒情性があると言われるゆえんなのです。

 そこで改めてタイトルの「四月」について考えてみましょう。この絵は、雲に隠れる朝の太陽を大木が遮る形で描いていて、朝という1日のうちの最初の時間帯と、1年のうちの最初の季節である春が重ね合わせてあります。そこから、見る人は人生の青春期に思いを馳せたり、冬の厳しさが残る中にある明るい未来の気配を感じたりするでしょう。フォンタネージが確立したスタイルは、このように自然を瞑想的な情景として描き出すことを可能にしたのでした。

INFORMATIONアイコン

「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」
三菱一号館美術館にて2027年1月24日まで
https://mimt.jp/ex_sp/fontanesi/

次のページ 写真ページはこちら